研究課題/領域番号 |
15K05204
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研究機関 | お茶の水女子大学 |
研究代表者 |
出口 哲生 お茶の水女子大学, 基幹研究院, 教授 (70227544)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 可積分系 / 孤立量子系 / 非平衡 / 緩和 / 量子クエンチ / 1次元ボース気体 / 量子XXX鎖 / ベーテ仮設 |
研究実績の概要 |
最近、孤立量子系の時間発展が冷却原子系の実験で調べられ、様々な興味深い振る舞いが観測された。孤立量子系の時間発展において量子状態は変化せず、緩和とは関係しない。しかし、物理量演算子に着目すると、その状態期待値は次第に平衡値へ近づく。一般の孤立量子系では、物理量期待値は小正準分布の熱平衡値へ漸近し(熱化)、可積分系では一般化ギブス分布での平均値へ漸近する(平衡化)と予想される。 本研究では、スカラー積公式など代数的ベーテ仮設の方法を用いて物理量期待値の時間発展を厳密に求め、一般化ギブス分布への緩和過程など可積分系の非平衡ダイナミクスの特徴を明らかにする。最初に、代表的な可積分量子系である量子XXX鎖(1次元量子ハイゼンベルク模型)に対して、スピノン状態などベーテ仮設方程式の解に対応する固有状態を重ね合わせて実現される量子状態に対して、各格子点上の局所磁化の任意時刻での期待値を数値的に厳密に求め、孤立量子系としての量子XXX鎖の時間発展、特に局所磁化の平衡化(緩和)の様子を調べた。局所磁化は時間変数のべき関数的に減衰し、その指数は重ね合わせた固有状態のスペクトル幅に依存することが観察された。 物理的応用の例として近藤模型など量子不純物の可解模型の時間発展を調べるため、不純物が存在するスピン1/2量子XXZ鎖の厳密解を研究し、不純物とバルクの相互作用の有限温度の振る舞いを、熱力学的ベーテ仮説を用いて解析した。近藤効果の現れる低温領域へのクロスオーバー温度を表す解析的式を導いた。 量子XXX鎖の下向きスピン2個のセクターにおいて任意格子長の場合に、べーテ仮設方程式の解に対応するベーテ量子数の全てを数学的に厳密に導いた。べーテ固有状態の完全性の証明だけでなく、べーテ方程式の解を特徴付ける重要な進展であり、さらに数値計算の面でも重要な結果である。当初計画になかった新しい発展である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成28年度には、いくつか予想外の進展が見られた。 デルタ関数型相互作用をもつ1次元ボース粒子系において、1ホール状態を同じ重みで重ね合わせた量子状態は、弱結合の場合に、その密度プロファイルの形状は古典系のダークソリトンの密度プロファイルと完全に一致する。このため、この量子状態を量子ソリトン状態とよぶことができる。New J. Phys. からこの結果を報告する論文を招待され、昨年投稿して出版した。初期時刻だけでなく、量子系の密度プロファイルの時間発展を求め、それがダークソリトンと一緒に移動し、次第に崩壊する様子を追跡した。実は、1ホール状態の重ね合わせ状態の密度プロファイルがダークソリトンを与える、という観察は、数年前に導かれていた。しかし、論文としては未出版であった。量子系のソリトン波の崩壊は、安定な局在波という古典ソリトンの見方と矛盾するのではないか、という査読意見のためである。そこで、昨年度の研究では、量子ソリトンの崩壊時間を量子速度限界の時間スケールと比較した。後者は通常の量子系における崩壊時間を与える。その結果、弱結合ではソリトンの崩壊時間は量子速度限界の時間スケールよりも相対的にはるかに長くなることが分かった。すなわち、弱結合で量子ソリトンは安定化すると解釈できる。 量子XXX鎖の下向きスピン2個のセクターで任意格子長の場合に、べーテ仮設方程式の解に対応するベーテ量子数を全て厳密に導いた、というH27年度の研究成果を、量子XXZ鎖へ拡張する試みも行った。 スカラー積公式など代数的ベーテ仮設の方法を用いて物理量期待値の時間発展を厳密に求めることは重要である。しかし、量子XXX鎖のべーテ方程式には特異解とよばれる複素解が存在し、これに対しては通常のスカラー積公式を用いることはできない。H28年度の研究では、この問題を研究し、部分的ではあるが重要な成果を導いた。
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今後の研究の推進方策 |
孤立した可積分量子系における非平衡緩和ダイナミクスの特徴を明らかにするため、量子XXX鎖および量子XXZ鎖において、局所磁化以外の物理量の時間発展を求めて一般化ギブス分布への平衡化の振る舞いを調べる課題は、一般の物理量に関してはかなり難しい課題であることが判明しつつある。このため、昇降演算子の行列要素など、求めやすい物理量の時間発展を計算することが考えられる。他は、研究計画当初の予定とは少し異なるが、重要性を考えて、以下のような課題に順番に取り組んでいく。 (1)1次元ボース気体の厳密解における緩和ダイナミクスの特徴の解明。 特に局在状態の崩壊時間の特徴づけを行う。量子系の時間発展に対して、時間相関(フィデリティー)に関する研究は多いが、他の物理量、例えば密度プロファイルの時間発展は全く調べられていない。そこで、1ホール励起状態の重ね合わせで導かれるダークソリトン的な量子状態、I型励起状態の重ね合わせで導かれる局所的ピークを持つ量子状態などに対して、これらの密度プロファイルの崩壊時間を調べ、量子速度限界の時間スケールと比較して、その特徴を解明する。 (2)量子XXZ鎖における局所クエンチの解析:べーテ仮説方程式の実数解から導かれるスピノン状態だけでなく、複素数解(ストリング解)を含む一般のべーテ固有状態を用いて様々な初期量子状態を構築し、XXZ鎖の物理量期待値の時間発展を追跡する。例えば下向きスピン2個の場合に複素解も含む解析を行う。 (3)近藤模型の不純物スピンの形状因子公式の導出:近藤模型の全ての固有状態はべーテ仮設により導かれる。この模型の固有関数は電荷とスピンの自由度を持ち、1次元量子ハイゼンベルグ模型(量子XXX鎖)とは異なる。しかし、電荷とスピンの自由度はほぼ完全に分離するため、不純物サイトを持つスピン1/2量子XXX鎖の研究結果を拡張可能であろうと予想される。
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次年度使用額が生じた理由 |
H27年度にNew Journal of Physics から、可積分量子系のデルタ関数型相互作用をもつ1次元ボース粒子系における量子ソリトン状態に関する論文投稿を招待され、オープンアクセス料金を30万円程度用意したところ、支払いが年度末以降になったので、H28 年度までその予算を残した。ところが実際の支払いの時点では、ポンド円の相場の関係で予想より廉価で済んだため、昨年度の予算に残りが生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
今年度は数値計算の研究を推進するため、計算機プログラム作成や補助のための謝金を当初計画より多く配分して使用したい。研究会等へも参加し、その旅費にも当てる予定である。
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