高校物理では横波は固体中のみを伝わり気体や液体中では伝わらないことを学ぶ。しかし2009年、液体の動的構造因子に横波の存在を示唆するピークが実験で観測された。液体ガリウム、銅、鉄、スズなど1種類の原子から構成される比較的単純な液体においても動的構造因子に2つ以上の振動ピークが含まれていることがX線非弾性散乱実験により示されている。ひとつは通常の縦波音波であり、もうひとつは、より低振動数の縦波振動である(これをTモードと呼ぶことにする)。このTモードは液体中の横波の振動の様子を間接的に表していると考えられているが、Tモードの出現機構は明らかになっていない。本研究の目的は、このピークが、どのような原子の運動によって現れるかを明らかにすることである。成果は以下のとおりである。 液体中の二つの原子に着目し、互いが横方向に振動するとき、それが縦方向の振動にどう影響するかを分析する方法を開発し、その方法を古典および第一原理分子動力学によって求めた液体銅やカルシウムの時系列データに適用した。その結果、注目している二つの原子A,Bの間の縦方向の振動数は、A,Bの近傍に別の原子Cが存在するときは、そうでない場合に比べて小さくなり、横方向の振動数に近づくことが分かった。つまり、横波の振動の情報が縦波として観測される可能性をミクロに示すことに成功した。Tモードと横波の関係を調べる際の問題点のひとつは、動的構造因子の中のT-modeを明確に特定することが困難であることである。そこで液体に比べてTモードが明確に現れる多結晶を対象にして分子動力学を行い横波の情報が縦波として現れる可能性を調べた。その結果、Tモードの振動数は、横波の振動数とは必ずしも一致せず、それらの中間の値を取る場合があることがわかった。つまり、多結晶では横波の振動数とTモードは一対一に対応しているわけではないことを明らかにした。
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