研究課題/領域番号 |
15K05224
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研究機関 | 国立研究開発法人物質・材料研究機構 |
研究代表者 |
田中 秋広 国立研究開発法人物質・材料研究機構, 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 材料特性理論グループ, 主幹研究員 (10354143)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 対称性に保護されたトポロジカル相 / 量子スピン系 / valence bond solid状態 / 非線形シグマ模型 / ベリー位相項 / 波動汎関数 / strange correlator |
研究実績の概要 |
以下の研究成果をPhysical Review B誌に出版した。本論文の共著者は高吉慎太郎氏(ジュネーブ大学)・Pierre Pujol氏(トゥルーズ大学)の両名である。 反強磁性量子スピン鎖のHaldaneギャップ相は「対称性によって保護されたトポロジカル相」(以下SPT相)のプロトタイプであることが近年明らかになっている。SPT相の理解を深めることは物性基礎論のみならず、量子情報科学などの応用上の観点からも重要であるが、その特徴付けに用いられる数学的な道具立ての先鋭化は著しく、必ずしも広い範囲の物性研究者になじみやすいものとは言えない。そこで本研究では主に、Haldane相のHaldane自身による解析に端を発し、それに続く高温超伝導体の研究等でも広く用いられてきた【反強磁性体を記述する半古典的な場の理論(非線形シグマ模型)】の枠組みの中でSPT相という新規のコンセプトがどう捉えられるのかを明らかにし、さらに二次元系、三次元へとそれを応用する方法を示した。 上述の場の理論の枠組みでは、Berry位相項が引き起こすスピン配位間の位相干渉効果を調べることによってスピンギャップ(Haldaneギャップ)の有無を識別できることが従来知られていた。本研究では、この同じ有効理論がさらにスピンギャップ系をSPT相と非SPT相とに区分する有効な道具として活用できることが示された。Haldaneギャップは一次元系に固有の状態であるが、我々は高次元のスピン系におけるいわゆるAKLT状態(Haldaneギャップ状態を一般化したスピンギャップ状態)も同様の有効理論を用いて適切に記述すればSPT相の有無を判定できることを明らかにした(ここでもBerry位相項が本質的な役割を果たす)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
以下の述べるような、当初に予想していた以外の成果を得た: 或る基底状態がSPT相に属すか否かを簡便に判定しうる物理量として、最近、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のXuのグループがstrange correlatorと呼ばれる特殊な相関関数を提案した。我々の理論は(研究実績の概要に記した主要結果に加えて)このstrange correlatorに対して新たな物理的・位相幾何学的な解釈を付与した。基底状態波動関数の経路積分表示を用いると、通常のスピン相関関数にはブラベクトルとケットベクトルの間の内積を構成する際にBerry位相項同士が相殺して効かない。ところが対照的にstrange correlatorにおいてはBerry位相項の寄与が相殺せずに中心的な役割を担う。加えて、この量はsnapshot配位の同時刻二点相関を問題にするため、実効的に時空次元が一つ低い系の場の理論に帰着させることができ、解析もその分容易になる。たとえば二次元AKLT状態のSPT相の判別は、一次元系のHaldaneギャップ相についての良く知られる場の理論に帰着すること場が分かった。
研究の過程で、波動関数の大域的な性質を利用して基底状態のトポロジカルな秩序について検出する手法は、以下のような問題にも応用できることが判明した。(1)LiとHaldaneが提唱するentanglement spectrumとよばれる、量子情報科学の見地からも重要な量の解析。(2)SPT相の量子論的振る舞いと等価なダイナミクスを持つ古典的確率過程の構成。
このように当初予期していた以外の知見にも本研究は発展しつつある。
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今後の研究の推進方策 |
(1)まず「進捗状況」の欄に記したEntanglement spectrumへの場の量子論的なアプローチを推進させて、論文として公表する。その際、これまでの論文で主に扱ってきた量子スピン系におけるSPT状態に加え、トポロジカル絶縁体の電子状態も同様の手法で扱い、本課題で用いている波動関数のトポロジカルな性質に注目する方法が、より広範な系に対して適用できることを確認したいと考えている。(後者の問題では、最近Son等により提唱されている二次元ディラックフェルミオンの双対性(fermionic duality)との関連も浮かび上がらせたい。) (2)最近、SPT状態と同様のトポロジカルな機構により外部摂動やノイズに対して強い耐性を持つ状態を古典系(電気回路、音響系、ソフトマター等)でも見出す試みも活発化している。これに関連して、確率過程量子化(Parisi-Wu stochastic quantization)と呼ばれる、古典的な確率過程(熱揺らぎのもとにある系)を量子力学系へと翻訳する手続きを通常とは逆の方向に応用することにより、SPT状態の古典的対応物を効率的に理論設計する可能性について考察する。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成29年度にフランスにおいて発生したテロ事件を受けて、本課題の研究成果の発表を検討していた同国における研究会への参加をやむを得ず見送ることになり、使用計画に変更が生じた。また、同じく平成29年度に本課題に関連した研究を行っている国内研究者を招へいして情報交換を行うことを計画し、先方の了解を得ていたものの、先方研究者の健康上の事由が生じて同年度内の実施をやむなく中止した。
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次年度使用額の使用計画 |
本課題の成果についての発表を行うために国際会議に参加する際の参加費・旅費に使用する予定である。元々前年度に行う予定であった発表内容に加え、その後に得られたエンタングルメントスペクトルの位相幾何学的な理解についての成果等も併せて発表する。また、関連研究を行っている国内研究者を招へいして情報交換を行う予定である。
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