研究課題/領域番号 |
15K05232
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
菅 誠一郎 兵庫県立大学, 工学研究科, 教授 (40206389)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 蜂の巣光格子 / キタエフ・ハイゼンベルグモデル / キタエフスピン液体 / マヨラナフェルミ粒子 / 量子シミュレーション |
研究実績の概要 |
最近、蜂の巣光格子上の冷却原子系でキタエフモデルを実現する機構が提案されたこと(Liu and Xue, J. Opt. Soc. Am. B 30, 1720 (2013))、および蜂の巣格子上の遷移金属磁性体Na2IrO3,α-RuCl3がキタエフモデルの候補物質と指摘されたことに刺激されて、今年度は数値厳密対角化法、および熱平衡純粋状態法を用いて、キタエフ・ハイゼンベルグモデルの動的性質・熱力学的性質を広いパラメータ領域で系統的に調べた。その結果、キタエフスピン液体相近傍の磁気秩序相では、系は磁気秩序状態にあるにもかかわらず、以下のような非自明な性質を示す事を明らかにした。 (1)比熱の温度依存性はダブルピーク構造を取る。 (2)エントロピーは、比熱のダブルピーク間の温度で(1/2)log2近傍にプラトー、またはショルダー構造を取る。 (3)比熱の低温・高温ピーク温度の比は、系がキタエフスピン液体相にどれだけ近いかを測る定量的指標となる。 (4)系の低エネルギー励起は、線形スピン波理論では記述されない。 特に(1)(2)の結果は、スピンが熱励起により2種類のマヨラナフェルミ粒子に分裂する事に起因していると解釈される。これらより、キタエフスピン液体相近傍の磁気秩序相では、系は磁気秩序状態にあるにもかかわらず、励起状態にマヨラナフェルミ粒子が現れていると考えられる。以上の結果は、激しい競争が繰り広げられている、現実の物質でのマヨラナフェルミ粒子の探索に重要な寄与を与える。また、冷却原子系でエントロピーやスピンの動的構造因子は観測可能であることから、蜂の巣光格子上の冷却原子系でキタエフモデルを生成し、スピン液体を量子シミュレーションする研究にも鍵になる寄与をすると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究ではまず、光格子中の3成分斥力フェルミ原子系において3種類の斥力を制御すると、ハーフフィリング近傍において、拡張s波超流動とd_{x2-y2}波超流動が現れる事を明らかにした。これにより、光格子中の3成分斥力フェルミ原子系は、超流動のペア対称性を制御できる量子シミュレータとみなされる事を指摘した。そして、光格子中の6Li原子系はその候補系であることを指摘した。この結果は、単一バンドの斥力相互作用フェルミ粒子系におけるクーパーペアはd波であるという従来の常識を破るものでもある。実際、我々の研究結果を援用して、一群のウラン化合物においてs波超伝導が現れる機構を説明する理論研究が行われた。 次に、蜂の巣光格子上の冷却原子系でキタエフモデルを実現する機構が提案されたことなどに刺激され、キタエフ・ハイゼンベルグモデルの動的性質・熱力学的性質について調べた。その結果、キタエフスピン液体相近傍の磁気秩序相で系は非自明な性質を示し、それはスピンが熱励起により2種類のマヨラナフェルミ粒子に分裂する事に起因している事を明らかにした。すなわち、キタエフスピン液体相近傍の磁気秩序相では、系の励起状態にマヨラナフェルミ粒子が現れていると考えられる。この結果は現実の物質でのマヨラナフェルミ粒子の探索に寄与するだけでなく、蜂の巣光格子上の冷却原子系でキタエフモデルを生成し、スピン液体を量子シミュレーションする研究にも鍵になる寄与をする。 このように、本研究成果は他の研究にも影響を与えるなど、研究は順調に進んでいる。
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今後の研究の推進方策 |
今年度までの研究を踏まえて、以下の課題を調べる。 (1)蜂の巣格子上のキタエフ・ハイゼンベルグモデルの励起スペクトルを摂動クラスター展開により調べる。この方法では、スピン間相互作用に関する高次摂動の効果を有効的に取り入れることが出来る。まず、相互作用パラメータを系統的に変化させながら基底エネルギーを計算して系の磁気相図を調べ、先行研究の結果と比較検討する。次に、系が磁気秩序相においてキタエフスピン液体相に近づくにつれ、励起スペクトルがどのように変化するかを明らかにする。我々は、キタエフスピン液体相の近傍では、系の励起状態にマヨラナフェルミ粒子が現れる事を示す結果を得ている。本研究の結果から、キタエフスピン液体相の近傍での励起スペクトルの特徴を解明し、マヨラナフェルミ粒子の特徴がどのように現れるかを議論する。本研究結果は、蜂の巣光格子上の冷却原子系でキタエフスピン液体を量子シミュレーションする研究に重要な寄与をすると考えられる。 (2)蜂の巣光格子が実現された事により、ディラック型線形分散を持つ冷却フェルミ原子の実現が考えられる。さらに、その系を人工ゲージ場下に置くと、ブリルアンゾーンのK点、K'点で互いに逆向きの有効磁場を印加した系が実現される。その系で、分数量子ホール効果が実現するかどうかは興味深い問題である。そこで、K点、K'点で互いに逆向きの有効磁場が印加されたディラックフェルミ原子系での分数量子ホール効果を数値厳密対角化法により調べ、通常の磁場中のグラフェンが示す分数量子ホール効果と比較しながら、この系での分数量子ホール効果の特徴を明らかにする。 以上の結果とこれまでの2年間の結果をまとめて、3成分冷却フェルミ原子系に限定することなく、デザインされた光格子中での冷却フェルミ原子系が量子シミュレータとしてどのように振舞うかという観点から、本研究の総括を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
申請時に計画したスペックを持つ計算機を購入すると他の費用を圧迫し、全体の研究活動に影響を与える事が懸念された。計算機の価格は1年で大幅に下がる場合があるため、希望するスペックを持ち、研究活動に影響を与えない程度の価格の計算機を探したが、適切なものは見つからなかった。そこで今年度、蜂の巣格子上キタエフ・ハイゼンベルグモデルの磁気秩序相においてマヨラナフェルミ粒子を探索する研究に必要な、第一原理計算用のソフトを購入した。その価格は予定していた計算機のための費用より安価であった。そのソフトを使って第一原理計算を行い、モデルパラメータを決定して詳細な計算を進めることが出来た。使用目的は変更したが計算に遅れが生じる事はなく、むしろ新たな方向に研究が進展した。また、今年度は参加した国際会議が台湾で開かれたため、外国出張の使用予算額が計画よりも少なく済んだ。以上の理由により、次年度使用額が発生した。
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次年度使用額の使用計画 |
これまでの研究成果に加えて、蜂の巣格子上のキタエフ・ハイゼンベルグモデルの励起スペクトルを摂動クラスタ―展開で調べた結果が出始めている。さらに、ブリルアンゾーンのK点、K'点で互いに逆向きの有効磁場を印加したディラックフェルミ原子系での分数量子ホール効果に関する計算も順調に進んでいる。次年度は積極的に国内外の国際会議や研究会に参加して、これらの研究成果を発表する。そして、デザインされた光格子中での冷却フェルミ原子系を量子シミュレータと捉える研究をさらに進める。 また、研究協力者である博士後期課程の大学院生が、研究会や国際会議に参加する費用にも使用する。
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