本課題の研究目的は スピン偏極He+ビームを様々な常磁性物質に照射する際に観測される異常なスピン軌道相互作用の微視的起源を解明することである。研究の結果により、異常なスピン軌道結合の起源が仮想電子移動にあるという提唱の正しさが明らかになったと考えられる。 スピン偏極したHe+ビームを常磁性の物質に照射して散乱強度の非対称性が測られ、スピン偏極方向にたいして5-30%の非対称度のあることが実験的に示されている。通常のスピン軌道結合の式により非対称度の大きさ見積もるとその大きさは実験値の1万分の1程度である。非対称度の散乱角度(θ)依存性が調べられ、その振る舞いの特徴により、標的物質は大きく二つのグループに分類できることも見出されている。AuやPt等のθ~90°に符号変化のあるグループとPbやBiなど符号変化を示さぬグループである。He核の運動にたいするスピン軌道結合のこれらの異常性の起源は、Heが標的原子に近づいた際に生じる仮想電子移動励起状態で、標的上の電子に働く原子的スピン軌道相互作用にある可能性を、我々は指摘していた。 本課題において、この立場からの理論的定式化の整理と数値計算が段階的に実行され、指摘の正しさが示された。さらに、謎であった二つのタイプのθ依存性の生じる原因を解明することも出来た。 占有5d電子の電子移動の場合、共鳴の弱いAu等では、移動積分についての単純な2次摂動近似の結果と同様にθ依存性はsinθcosθが主要項となり符号変化が現れる、一方、Pb等の共鳴に近い場合には符号変化が生じなくなる。これらの結果は実験で見出されているθ依存性の標的物質依存性の特徴によい対応を示す。共鳴の場合にθ依存性の符号変化が消失することには様々な要因が絡んでおり、研究初頭の予想の外のものであった。 理論の主要な結果は日本物理学会欧文誌に発表された。
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