一枚の厚い流紋岩内部における残留磁化方向の均質性を検討する目的で,伊豆諸島神津島に分布する約5万年前に噴出した厚さ約125mの砂糠山流紋岩溶岩から採取した定方位試料を用いて,その残留磁化方向の記述を行った.定方位試料は流紋岩溶岩の結晶質部の一地点とその上位に位置する急冷部であるガラス質部の四地点から採取されている.段階熱消磁実験の結果を直交面投影図において評価した結果,ガラス質部の全ての地点から三つの異なる直線区間が認定された.直交面投影図におけるそれぞれの直線区間の間は明瞭に一定の角度をもつことが示されるため,これらは溶岩冷却時における地磁気永年変化を反映したものではなく,それぞれ異なる三つの自然残留磁化成分であると認識された.それぞれの磁化成分の方向は全ての地点で似た傾向を示している.このことから砂糠山流紋岩溶岩の厚いガラス質部はその定置過程において互いに似た変形運動を経験したことが推察される.一方,結晶質部の自然残留磁化記録は主に単成分であった.以上のことから,砂糠山流紋岩溶岩のガラス質部はその定置時において二回の変形運動を経験し,その時点で結晶質部は残留磁化を獲得しない程度に十分に高い温度を維持していたことが推察される.また,ガラス質部の残留磁化情報についての重要な観察の一つに,粘性残留磁化成分を除き最も低温側で獲得した磁化成分については,全ての地点で互いに方向が近いことが挙げられる.この観察から以下のことが結論される.キュリー温度以下において複数回の変形運動を経験している流紋岩溶岩であっても,冷却時の全ての変形運動が終了した後に獲得した磁化成分は地球磁場の方向を正確にとらえているものと考えられる.
|