研究課題
本研究は,アフリカ大陸に起源を持つアフリカ獣類の中でもアフリカ大陸北部(古地中海周辺)で進化したとされるテチス獣類(長鼻類や海牛類の仲間)の基幹種として注目されているモロッコの暁新世(約6000万年前)からのエリテリウム類について,頬歯の歯冠咬合面の微細表面形態(テクスチャー)を指標としてテチス獣類が初期進化においてどのような索餌行動をとっていたのかを推定し,炭素・酸素の安定同位体比およびストロンチウム等の微量元素の同位体比・重量比の分析に基づいて食性と生息地を復元して,テチス獣類の初期進化における索餌適応戦略及び環境適応戦略の観点から水中で索餌を行なうことの進化戦略的意味を解明することを目的としている.本研究の初年度は,国立科学博物館(以下科博)に所蔵されているエリテリウム8点とフォスファテリウム2点の頬歯を伴った顎骨の実物標本を用いて,科博に設置されている走査型共焦点デジタルレーザー顕微鏡(VK-8510)により各歯種の歯冠咬合面に見られるテクスチャー(微細摩耗面)をデジタル3D化し,併せて索餌様式と索餌対象が既知の現生哺乳類(初年度は偶蹄類)の比較資料を化石と同様の方法によりデジタル3D化した.安定同位体比分析のための試料採取にあたっては,対象となる資料が極めて数少ない上に試料採取可能部分が限られる(厚さ1m以下の歯冠エナメル)ことから,各歯種の精密な印象模型を作成した後に,研究協力者と共に炭素と酸素の安定同位体比分析用の微量試料を採取した.これらの試料に対して,科博に設置されている炭酸塩分解装置(Kiel)と熱分解元素分析計(TC/EA)を備えた安定同位体比質量分析計(MAT253)を用いて,炭素と酸素の安定同位体比の測定を行なった.これらの成果の一部は,日本古生物学会2015年年会(茨城県つくば市)ならびに米国古脊椎動物学会第75回記念大会(テキサス州ダラス)にて発表した.
2: おおむね順調に進展している
本研究課題においては,成果の要となるモロッコ産の祖先的テチス獣類エリテリウムと祖先的長鼻類フォスファテリウムの実物標本を複数個体得ることができ,標本の剖出作業(母岩から化石を取り出す過程)を含む資料の調整もほぼ完了している.また,多くの標本については,すでに精密な印象模型の作成も完了している.同時に,歯冠エナメル表面のテクスチャー分析のために必要なデジタル3D化も,比較対象のための現生哺乳類も含めて順調に進められている.したがって,本研究課題はおおむね順調に進捗していると判断できる.
申請者は本研究において,これまでのところフランスの2つの自然史博物館と申請者の所属する国立科学博物館にしか所蔵されていない最初期のテチス獣類エリテリウムの実物標本資料を用いて,走査型共焦点デジタルレーザー顕微鏡を用いた歯冠エナメルのテクスチャー解析を行なうと共に,炭素と酸素の同位体質量分析計を用いた炭素と酸素の安定同位体比の分析を行なっている.次年度以降,これらに加えて表面電離型質量分析装置(TRITON)による微量元素(ストロンチウム)の超精密同位体比分析(淡水と塩水の区別)とレーザーアブレーション・誘導結合プラズマ質量分析計(LA-ICPMS)を用いた50μmの単位でのカルシウムに対するストロンチウムの重量比を解析(栄養段階の推定)を行なう予定にしているので,絶滅哺乳類の生活史の研究の中でもテチス獣類だけに暗示される,系統進化過程での陸棲→海棲→淡水棲→再陸棲という誰にも想像すらされなかったダイナミックな生息地変遷史を,より詳細に解読できると期待している.
安定同位体比分析を行う予定の標本資料の調整に時間を要したため,歯冠エナメルの精密な印象模型の作成を依頼することが年度内にできない資料が若干残り,当初計上していた人件費・謝金を次年度に繰り越すこととなった.
初年度において当初計画した標本資料の調整がほぼ完了しているので,次年度に当初計画していた歯冠エナメルの精密な模型の作成を依頼した際の人件費・謝金として使用する予定である.
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Historical Biology
巻: 28 ページ: 289-303
10.1080/08912963.2015.1046718