微視的溶媒和クラスターは、少数の溶媒分子によって取り囲まれた分子からできるクラスターであり、溶質の周りの溶媒を部分的に切り出したナノスケールの溶液といえる。最近、クラスターサイズを選別したクラスターを任意に生成する実験が可能となってきており、レーザー分光法を組み合わせることによって、その反応ダイナミクスについての詳細な解明が可能となってきている。これに対し溶媒和クラスターの反応ダイナミクスに関する理論的なアプローチは極めて少ない。 本研究課題では、ダイレクト・アブイニシオ(AIMD)法を、微視的溶媒和クラスター内での反応ダイナミクスの理論解明に応用した。特に光照射後の反応を実時間で追尾することにより、溶媒和の効果を理論的に予測した。 (1)水クラスター中でのプロトン移動速度の決定:プロトン移動は、生体内でのDNA劣化反応、および、酸化グラフェン電池における電導メカニズム等で重要な役割を演じる。本研究では、水クラスターの光イオン化後のプロトン移動速度をAIMD法で決定した。プロトン移動時間として、30 fs (水2量体ダイマー)、15 fs (3量体)、および、10 fs (4量体以上)と得られ、4量体以上では、一定の移動時間(プロトン移動速度)を示すことを明らかにした。これらの結果をもとに、水クラスター中でのプロトン移動速度を決定した。 (2)分子スイッチング素子への微視的溶媒和の効果:ビフェニル等の分子は、単一分子でスイッチング素子としての動的挙動を示す。本研究では、ビフェニル分子のホール捕捉反応への微視的溶媒和の効果をAIMD法で解明した。ビフェニル分子は、ホール捕捉前、ベンゼン環同士がねじれており導電性を示さないが、ホール捕捉後、ベンゼン環のねじれが解消し(平面化)、導電性を示す。本研究の結果、微視的溶媒和は、ホール捕捉後の平面化を加速することを明らかにした。
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