研究課題/領域番号 |
15K05380
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研究機関 | 東京農工大学 |
研究代表者 |
尾崎 弘行 東京農工大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (40204185)
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研究分担者 |
長谷川 真士 北里大学, 理学部, 講師 (20438120)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 共役ポリマー / ナノケーブル / 紫外光電子分光 / 準安定励起原子電子分光 / 第1原理計算 / 走査トンネル顕微鏡観察 / 幾何構造-電子構造相関 |
研究実績の概要 |
各種デバイスの配線材料への利用が検討されている共役ポリマーの特性は、化学式のみでは決まらず立体構造にも依存するが、その基礎研究において、実験は立体構造が揃っていない薄膜試料、計算は実在系から遠いモデル系に対して行われてきた。本課題は、単純化と高度秩序化を両立可能で実験と計算を直接比較できる系として、立体構造が規定された共役鎖の配列であるナノケーブル(NC)を構築し、化学・幾何・電子構造の相関と制御要因を解明することを目的とする。 超高真空(UHV)下でグラファイトの劈開面にアルカテトラインを横たえて物理吸着させて得た単分子層は、同様に形成した他の鎖状化合物の単分子層の場合とは異なり、第1原理計算による状態密度(DOS)と対応する微細構造を有する紫外光電子スペクトル(UPS)と準安定励起原子電子スペクトル(MAES)を与え、STM観察で示された分子配列の高度規則性と矛盾しない。また、アルカジインの場合とやや異なるMAESバンドの強度分布は、C2p-C2sギャップに生じ末端モノインに分布する軌道に基づくことが判明した。単分子層重合によるスペクトルの変化ΔUPS・ΔMAESは、交互に並ぶall-transポリジアセチレン(PD)・ポリアセチレン(PA)をアルキル鎖で周期的に架橋したNC(PD/PA)構造に対して算出したDOSとモノマーのDOSの差分ΔDOSとよく対応した。さらにΔUPS・ΔMAESの構造の由来を、算出したバンド分散と波動関数をも参照して説明し、NC(PD/PA)の生成を確認するとともに、その価電子帯頂上からC2s性バンド上部までの特異な電子構造の詳細を明らかにした。 共役鎖としてPAのみを含むNC(PA)の構築に必要なモノマーを得るために、鎖状化合物をモノイン化してチオフェン環の2,5位に置換基として導入後、還元的脱硫反応により炭素骨格を構築する合成法を開拓した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
NC(PA)を構築するための新規モノマーを様々な経路で合成することを試み、目的化合物を得た。しかし、収率改善と精製に難儀しており、新規モノマーの成膜性、分子配列の規則性、単分子層重合性、重合体の構造の検討には至っていない。 大気に曝さずに異なるUHV機器間で移送した同一の試料膜に対して、電子分光とSTM観察を可能にするために導入したモバイルマニピュレーションシステム(MMS)については、これまでに発覚した多数の不適切工作箇所をひとつずつ修正していった。しかし、その間にMMSを接続する相手側のUHV機器に不具合が相次いで生じ、顕微鏡は低温観察が不可能となり、分光器では主要ポンプ3台の電源、電離真空計、励起原子源等が故障した(経年劣化と停電による)。自作した励起原子源以外の多くは修理もしくはリプレースの目処が立っていない。 計算に関しては予想外の進展があった。使用するスーパーコンピュータ環境とプログラムを変更したことにより、NC(PD/PA)に対して2次元周期的境界条件を課したHartree-Fock計算が可能となり、UPS・MAESを首尾良く説明できるDOS、バンド分散、波動関数を得て、それまで不明確であった両スペクトルの(価電子帯頂上付近より)深いエネルギー領域の帰属を行うとともに、共役鎖の種類によりそのπ・σ電子系がアルキル鎖の電子系と混合するパターンと程度が著しく変わることを見出した。さらに、構造最適化したNC(PD/PA)の格子定数がSTM観察による格子定数と一致することに加えて、算出した電子構造が電子スペクトルと良好な対応関係を示すことから、幾何構造・電子構造の両面から実験結果と計算結果を直接比較できるこの系の有用性を示すことができた。
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今後の研究の推進方策 |
新規モノマーの合成は、炭素数を減らし末端OHの導入を避けることで中間生成物の溶解度を高め、収率の向上と不純物の除去を目指す。 電子銃と放電管を新製して励起原子源に組み込む必要があるが、放電管は部品入手とガラス細工が容易でなく、装着時に破損の恐れもある。また、主要なUHVポンプが起動せず、少なくとも2台の電源が修理不能であることが判明したので、他機関・企業で廃棄予定の表面分析器等に付属するポンプを譲り受けられないか、可能性を探る。これらの問題を解決できた場合は、以下の手順で実験を進める。 新モノマーを精製できれば、変質させることなく蒸着してflat-on配向の単分子層を形成することが可能か電子分光で調べた後、MMSを用いて顕微鏡に移送し、カラム構造の有無を調べる。生成を確認できれば、隣接する2つのカラムに属するモノイン末端の交互配列様式を調べる。モノマー単分子層を分光器に戻して紫外線を照射し、NC(PA)に基づく新しい電子構造を観測できれば、再度顕微鏡に移してSTM像からNC(PA)の周期構造およびその基板格子との整合関係を求め、カラム間重合の様相・条件を把握するとともに、新たに行う計算を参照してNC(PD/PA)の場合よりも単純化されたPA鎖とアルキル鎖の電子系の混合効果の抽出を行う。新モノマーを使用できない場合あるいはその単分子層重合性が認められない場合は、アルカテトライン単分子層とNC(PD/PA)を用いてMMSの試運転を行った後、重合法・条件を変えてアルカテトラインからNC(PA)を形成できるか検討する。 MAES測定を再開できない場合は、STM観察の前にUPSのみによる成膜・反応の確認と電子構造の観測を行い、電子分光全般が不可能な場合は、顕微鏡中での成膜と幾何構造の観察を実施する。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由) 新規モノマーの合成と精製が困難であったことおよび実験機器の故障により、実施できない単分子層の形成・重合・構造解析実験があった。 (使用計画) ガスケット、真空部品、金属材料の購入に使用する。
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