研究課題/領域番号 |
15K05393
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
中島 聡 兵庫県立大学, 生命理学研究科, 特任准教授 (80263234)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 時間分解赤外分光法 / チトクローム酸化酵素 / プロトンポンプ / 共鳴ラマン分光法 / フェムト秒レーザ / フローシステム |
研究実績の概要 |
チトクロムc酸化酵素は酸素の還元反応と共役したプロトンの能動輸送を行う。この中で酸素の還元反応とプロトンポンプ共役機構に関して、いまだ詳細は明らかになっておらずその解明が最重要課題である。この共役機構を解明するために時間分解の共鳴ラマン分光法と赤外吸収分光法という振動分光法による酸素還元反応の追跡を行った。まず、ラマン分光法では酸素のモデルとしてCOを用い、その光解離過程を追跡することで還元反応サイトの配位子脱着に伴う蛋白質のダイナミクスを調べた。その結果以下の点を明らかにした。まずプロトンポンプ経路に直結したヘリックスにヘムa3が配位した残基が緩和し、続いてヘムa3の位置がシフトすることが起こる。また、このシフトはプロトンポンプ経路の水素結合状態によって影響され、プロトンが少ない(生理反応中では反応の後期課程)では、シフトは小さくかつ遅く起こることがわかった。またさらに遅れてプロトンポンプ経路横のヘムaが動くことも見いだされた。これらの段階的緩和は初めて観測されたもので、プロトンポンプ共役機構モデルを説明する上で重要な結果となった。また赤外分光法では、酸素還元反応の観測を可能にするフローセルシステムが完成し、それを用いた時間分解可視・赤外測定を行い、プロトン化したサイトを観察できる領域を測定することに初めて成功した。こうした反応過程を実時間の赤外吸収での測定が可能になった最初の例である。この中でプロトン放出サイトのプロトン化状態を示すカルボキシル基のバンドが時間発展にともない、強度変調と波数シフトすることが見いだされた。酸素還元反応中ではいくつかの中間体を経ることがわかっており、これらの状態でプロトンが放出されかつその中間体に合わせた水素結合状態をとることがわかった。また、新たに電子移動に伴うプロトン化の起こることを明らかにし、Water Poolでの構造変化を観測した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の計画では、時間分解の時間分解の共鳴ラマン分光法と赤外吸収分光法という振動分光法による酸素還元反応の追跡を行うための新たなシステムを立ち上げてその測定を行うことを想定していた。特に赤外分光測定においては、酸素還元反応の測定を実時間で行うため、ナノ秒からミリ秒にいたる時間領域を測定できるシステムの構築が必要であった。赤外吸収の特性において溶媒である緩衝溶液の吸収が極めて強く、それらを避けて極めて微小な信号変化を捉える必要があり、極めて光路長の薄い(50μm)を、精度良くフローさせるセルを作成する必要があった。また、微弱な信号(0.02%以下)を観測するために積算を重ねる必要があり、すべての観測システムを同期させて繰り返しをおこなうような測定系を構築する必要があった。さらに空気中の水蒸気の吸収が信号の何十万倍存在するために、完全に密閉して水蒸気を取り除いた環境で測定を行う必要があった。これらの課題をすべてクリアーして、実時間の赤外吸収測定に成功したので、順調に計画が進行したといるといえる。これは論文投稿し、最終段階である。さらに現在、より薄い光路長(15μm)のセルの開発にも成功し、さらに超微小な信号(0.005%以下)の測定にも成功している。これらにより、より広範囲の波長領域の測定と、1残基レベルのわずかな構造変化の検出を可能にした。 ラマン分光法の測定においては既存のシステムを用いたが、試料の条件を様々に変更することを可能にして、その測定を行った。また、測定条件を詳細に検討することで、想定よりも充分高い精度での測定が可能になった。このことは得られた結果の解析に大きな威力を発揮し、蛋白質ダイナミクスの詳細を議論することを可能にした。 現在、これらの成果をまとめている段階で、データ解析や投稿論文作成にやや遅れが生じている。
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今後の研究の推進方策 |
まず成果・進捗状況でも述べたように(1)時間分解赤外分光測定に成功したこと(2)時間分解ラマン分光測定で新たな適応が示唆されたこと、があるので、今後はこれらを発展させて行きたい。 (1)に関してはこれだけでも当初計画からすれば充分な成果であるが、より適応範囲を広げて行きたいと考えている。具体的には、脱プロトン化した領域はより水溶液の干渉が強い領域であるので、より薄い光路長(15μm)を持ったセルを用いて、この領域の観測を試みる。このシステムを用いることによりプロトン化・脱プロトン化が実時間で観測可能なため、まさにプロトンポンプそのものが直接的に観測できる。またこれが実際に測定されれば蛋白質の主鎖構造のダイナミクスの追跡が可能になるため、蛋白質の構造ダイナミクスの研究が大きく発展することが考えられる。このことは、当初計画のチトクローム酸化酵素のプロトンポンプ共役機構の解明につながることはもちろんのこと、水溶液中に存在する一般的な蛋白質反応全般に対して、アミノ酸1残基ごとにプロトン化状態や主鎖の構造変化が実時間で観測できる手法を確立することにつながる。これは当初計画よりさらに進んだ成果になる可能性があり、強力に推進したい。 (2)についは、MV状態を光励起することで電子移動反応を起こることが知られており、反応中の電子移動に伴う蛋白質ダイナミクスの追求を目指す。この酵素は還元反応・電子移動・プロトンポンプと3つ基本的な化学反応が極めて巧みに共役して起こっているので、こうした共役がどのようにして起こるか要素に分解して観察することは単に酵素機能の解明につながるだけでなく、より一般的な化学反応過程の制御機構への示唆を与えることが期待できる。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年7月研究室主宰教授の突然の逝去があり、それに伴って研究遂行における諸業務に多くの支障がでるに至った。また、大学で採択され、研究代表者も関与しているプ;ロシジェクト(リーディングプログラム)が最終年度を迎えるにあたり、教授不在となってしまったため、実験装置の配置換えなどの作業も分担する必要が生じ、実験計画の遅延が生じた。現在、最終実験を計画しているところで有り、1年の延期で全て完了させる予定である。
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