研究実績の概要 |
(1) Na, Au, Ag, Cu, Ptからなる金属クラスターとピラジン分子からなる複合系について共鳴ラマン散乱のスペクトルのシミュレーションを行い,増強度の系統的な調査を行った.プラズモン励起に伴う近接場が増強効果を生むという従来の立場をとれば大きな振動子強度を持つ励起が大きな増強効果を与えると考えられるが,そのような想定は必ずしも正しくないことが実証された.たとえばNa20クラスターとNa原子を比較したとき,いずれの粒子にも p_x, p_y, p_z に相当する双極型の遷移密度を持つ電子励起があるが,当然のことながらNa原子よりもNa20クラスターの方が大きな振動子強度を与える.しかしながら,増強度の観点からはNa原子の方がNa20クラスターに勝るという結果が得られた.ラマン活性度と関係する差遷移密度分布を見るとNa20クラスターのプラズモン励起もピラジン分子の振動の影響を大きく受けるが,その空間分布は遠視野観測にかかる双極成分が小さくなっていることが明らかとなった.すなわち,大きな増強効果を得るには必ずしも大きな振動子強度を持つクラスターではなく,より先端の尖った形状を持つクラスターもしくは原子を用いることの方が重要であると結論することができる.このことより従来は不向きとされてきた遷移金属も増強効果を用いた微視的化学環境のプローブとして利用できると考えられ,さらには遷移金属クラスター上で起こる触媒反応の「その場観測」への展開も可能になると考えられる.
(2) 増強度の吸着距離依存性については,プローブから見て等方的なモードについては分子の形の効果が平均化されることで(距離の12乗に反比例する)古典近接場描像と一致するが,一般には振動励起に対する励起プローブ粒子の電子運動の応答が重要でモードに強く依存することが明らかとなった.
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