最終年度はまず第一に,開放系電子状態理論に基づくオリジナルの計算コードにCPKS法の実装を行い,共鳴ラマン散乱過程に対する基板表面の効果の検討を行った.その結果,金属表面との相互作用によるターゲット分子の準位幅が狭いほど増強度が大きいことが明らかとなり,これは単一分子計測におけるターゲット分子と基板表面の組み合わせの重要性を強く示唆する結果である.第二に,これまで議論してきた高感度微視的化学環境プローブ手法の発展として,時間分解計測への展開を行った.金属表面の電子集団運動の励起をトリガーとする吸着分子の化学反応は,増強効果の利用によって時間分解第2高調波測定による追跡が可能である.このタイプの実験結果を解析する理論的手法を確立し,CO/Cu(100)系のCO光脱離の実験結果の解釈を行った.
研究期間全体を通じた研究成果は,以下の通りである:金属クラスターおよび金属原子の電子遷移に関する共鳴過程を含む多光子分光法は,それら増感剤近傍に局在した分子や化学環境の高感度なプローブとして有用であることが明らかとなった.特に,増感剤の電子遷移の遷移双極子が大きいことよりも,プローブに用いる振動モードによる電子遷移の変調の方が重要であることの発見によって,当初の想定よりも幅広く様々な金属がプローブとして利用可能であることが明らかとなった.このことは,プラズモン励起を示す単純金属のみならず,遷移金属クラスターを舞台に起こる有用な触媒反応のその場観察が可能であることを意味し,本研究で企図したプローブ手法の汎用性を示すものである.そして,数十フェムト秒の時間分解能での金属表面における化学反応の解析手法の確立は,動的過程の追跡が本質的な化学領域における分析手法として,このような手法の持つ高いポテンシャルを示すものと考えられる.
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