研究の最終年である平成29年度は,人工原子の光照射よって生成する「光‐電子ドレスト状態」の情報を人工原子外部に取り出すために,リード線によって外部電子浴と結合した複合人工原子系の物性を調べた.このような外部と接続した電子系は量子開放系(open quantum system)と呼ばれ,特殊な境界条件を必要とするため,その解を得るためには孤立系よりも複雑な計算方法が必要となる.本研究では,電子を注入するソース領域および,電子を取り出すドレイン領域を人工原子系と接続し,ソース‐ドレイン間電流を計算することによって,人工原子の波動関数の情報を外部に抽出するモデル系の構築および計算コードの開発を行った.信頼性の高い電流計算を行うために,時間依存シュレディンガー方程式を,数値的安定性が高く,かつ確率密度を高精度で保存するシンプレクティック積分法によって直接時間積分した.また,ドレイン領域に設置した複素ポテンシャルによって吸収される電子波束の確率密度から,ソース‐ドレイン間過渡電流の計算を行った.すなわち,光照射によって特異な電子状態を形成した人工原子内電子は,ソース領域から流入する電子と相互作用し,その一部は,人工原子の電子状態の情報を保持した「量子力学的電流」としてドレイン領域に流入し測定される. 開発した計算コードを用いてソース‐ドレイン間過渡電流を計算したところ,電流はソース‐ドレイン間電位差よりも,人工原子のエネルギー準位構造に鋭敏に依存して極大を形成することが示された.また,過渡電流は光電場の強度のみならず位相にも強い依存性を示すことから,本システムを光の位相計測に用いる可能性が示された.さらにまた,過渡電流の生成は,ソース領域から流入する電子と人工原子系のスピン状態にも依存することが示された.この結果は,本理論モデルが光スピンデバイスへの応用を持つ可能性を示唆している.
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