構造ベース創薬においては、タンパク質-リガンド複合体のX線結晶構造解析がなされることが重要であるが、現在の解析技術ではリガンド周辺の精密構造を決定することは困難である。本研究では、フラグメント分子軌道(FMO)法に基づいて、タンパク質-リガンド複合体の全電子計算を行い、計算から得られる電子密度や安定構造の情報を利用することによって、X線結晶構造解析に不足している情報を補い、構造解析の分解能を実質的に上げるための「超分解能構造解析」技術を開発している。主に電子密度分布の比較法、熱揺らぎの取り込み、構造最適化法について検討を行った。 応用例として、エストロゲン受容体およびPim1キナーゼを用い、リガンド周辺の構造精密化を行った。エストロゲン受容体に対しては、比較的低い分解能(3.1Å)のX線結晶構造からFMO構造最適化を行うと、高い分解能(1.8Å)の値に近づくことがわかった。また構造最適化前後の電子密度分布を実験値と数値比較すると、最適化後の方がより信頼度因子が低く、実験による分布に近いことが示された。これらの結果は、X線構造解析の分解能が向上し、また構造精密化の性能が上がったことと同等の効果となっている。 Pim1は、リガンド構造の微小変化によって活性値が200倍も変化することが知られている。X線結晶構造におけるFMO計算や従来の古典力場計算からは活性値の傾向を再現できなかったが、構造精密化によって、FMO計算値と活性値との相関が劇的に改善した。さらに溶媒効果を取り入れることで活性値の予測性能が向上することが明らかとなった。 本研究による成果は、FMO超分解能構造解析の第一歩であり、今後多くの事例を検討する必要がある。本研究は全期間に渡って産学官連携のFMO創薬コンソーシアム(代表者:福澤薫)との協力の下で推進した。引き続きコンソーシアムにおいて技術開発を継続する予定である。
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