研究課題/領域番号 |
15K05404
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
鈴木 晴 大阪大学, 理学研究科, 招へい研究員 (50633559)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | リチウムイオン内包フラーレン / 水分子内包フラーレン / 低温熱容量 / THz分光 / 赤外分光 / 相転移 / 量子回転 |
研究実績の概要 |
本研究は,分子の集団挙動における「柔らかさ」の役割を明らかにすることを目的とする.注目するのは,分子がゆるく束縛されたシステム(原子・分子内包化合物)であり,相転移近傍で局所的な乱れが果たす役割をテラヘルツ(THz)分光や熱容量測定で明らかにする. 平成28年度も,前年度に引き続きLi+イオンがフラーレンC60にゆるく束縛された[Li+@C60](PF6-)結晶の研究を進めた.はじめに,前年度のTHz分光研究の成果を論文にまとめて出版した.その後,同物質の赤外分光測定および精密熱容量測定を行った.赤外分光測定では,1400 cm-1付近のC60分子振動に由来するスペクトル強度が100 K以下で大きく変化することを見出した.強度変化の温度依存性はTHz分光測定の結果とよく一致しており,C60分子内でLi+イオンが局在化することが原因であることが示された.これは,C60分子とLi+イオンの運動の相関を示唆する重要な結果といえる.熱容量測定は,緩和型熱量計(0.35-200 K)と断熱型熱量計(200-390 K)で行い,24 K付近で相転移を経てLi+イオンが2箇所から1箇所に局在化する様子を明らかにした.また,360 K付近では,C60分子およびPF6-イオンの配向秩序化に伴う相転移の検出に成功した.現在,結果を解析して転移機構と熱力学量の関係を調べている. 平成28年度は,新たなテーマとしてH2O分子がフラーレンC60にゆるく束縛されたH2O@C60の熱容量測定も行った.緩和型熱量計による測定(0.35-200 K)行ったところ,Li+@C60で24 Kに観測されたようなLi+イオンの局在化に伴う相転移は観測されなかった.これは,H2O分子間にはたらく双極子-双極子相互作用がC60の遮蔽効果によって著しく低減されていることを示唆する.極低温熱容量には,H2O分子の量子力学的な回転運動が観測され,これに核スピン状態が絡み合って生じる緩和現象の観測にも成功した.現在,エネルギー準位の詳細や緩和の時定数を決めるための解析を進めている.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の目的は,ゆるく束縛された原子や分子が,束縛の母体であるフレームとどのように関わりあっているかを明らかにすることにある.平成28年度は,所属が理化学研究所・テラヘルツイメージング研究チームから大阪大学・構造熱科学研究センターに変わったことを受け,測定手法の主軸をTHz分光測定から精密熱容量測定に変更した. Li+@C60の熱容量は,緩和法と断熱法を組み合わせることで0.35-390 Kの広い温度域で測定することができた.特に,断熱法では36 mgという(断熱法としては)非常に少ない試料量での測定に成功した.分光測定では,前年度のTHz分光研究でLi+イオンの回転運動が捉えられたことを踏まえて,Li+イオンの振動モードを捉える試みを中赤外分光測定(700-2000 cm-1)で行ったが検出には至らなかった.そこで,まだ調べていない遠赤外分領域(300-700 cm-1)に注目して,遠赤外分光器の立ち上げを行った.現在,分光器の整備はおおむね完了しており,試料温度を下げるクライオスタットの整備を進めている. 平成28年度は,Li+@C60の研究と並行して京都大学(村田研究室)との共同研究で,H2O分子内包フラーレンの物性研究を開始した.これはC60ケージ内にイオンではなく双極子が内包されたときに,Li+@C60のようなLi+イオンの局在化に伴う相転移が起こるかどうかを調べるものであった.試料量が限られていた(~4 mg)ため,緩和法による低温熱容量に焦点を絞り研究を進めたところ,H2O分子が極低温で量子力学的に回転していることが明らかになった.これは,ゆるく束縛された粒子がイオンか双極子かで,その集団的な振る舞いが大きく変わることを示した重要な結果といえる. このように,当初の計画とは異なる形で研究が進行しているが,「ゆるく束縛された分子のふるまいとフレームとの関わり」という広い観点では着実に研究は進んでおり,研究全体としては順調に進んでいると評価できる.
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今後の研究の推進方策 |
平成29年度は,プロジェクトの最終年度としてこれまでに得られた結果をまとめることに注力したい.最初に遠赤外分光器のクライオスタットを完成させて,残された波数域(300-700 cm-1)の低温分光測定を行う.クライオスタット作製にあたっての課題は遠赤外光用の窓であり,市販されていた窓部品が全て生産終了になったことから,高密度ポリエチレンを用いて自作する必要である.10 K以下の極低温においても真空が保たれなければならないので,設計に工夫が必要である.クライオスタットが完成したら,[Li+@C60](PF6-)の測定を行い,ゆるく束縛されたLi+イオンの振動モードを調べる.データが得られれば,これまでに得たTHzスペクトルおよび中赤外スペクトルの結果と合わせて,低温の分子運動の全貌を明らかにできると期待している.これと合わせて,平成28年度に測定した熱容量測定の結果の解析も行い,いずれの結果も論文にまとめていく計画である. また平成28年度より開始したH2O@C60の熱容量測定の結果解析も並行して進めていく.また,C60をエポキシ化したC60OにH2O分子が内包された系の測定も行い,C60O分子(フレーム)の双極子と内包されているH2O分子の双極子との相互作用が,集団挙動にどのように影響するかを明らかにしていきたい.さらに,量子回転でしばしば観測される重水素置換効果(質量増加によるゼロ点エネルギー低下が原因で引き起こされる原子の局在化)を確認する目的で,D2O@C60の熱容量測定も行っていきたい. また,新たな挑戦課題として,Li+@C60でLi+イオンが量子力学的な回転運動をしていることから,イオンの回転に起因する磁気モーメントの出現を探る固体NMR測定も計画している.
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次年度使用額が生じた理由 |
平成27年度末に所属が変わったため,研究環境の変化により研究計画を大幅に見直すことになった.平成28年度は,研究室に既に存在する機器(熱量計)を有効利用する研究(熱容量測定による研究)を優先させたため,支出は予定よりも少額になった.
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次年度使用額の使用計画 |
平成29年度は,平成28年度に完成できなかった遠赤外分光器およびクライオスタット(真空計,真空排気系を含む)の整備に予算を使用する予定である.また,これまでに得た成果を国際会議等で発表するための旅費や論文投稿費用などにも充てる予定である.
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