本研究では,結晶中に原子や分子がゆるく束縛された特異なシステムにおいて,これらの原子や分子がどのように相互作用して,集団的なふるまいが発現するかを,テラヘルツ分光法や熱容量測定法を用いて調べた. 平成29年度は,H2O分子がフラーレンC60にゆるく束縛されたH2O@C60の低温熱容量測定を詳しく調べた.その結果,H2O分子が10 K以下の極低温においても回転運動を続けていることが確認され,その量子力学的なエネルギー準位間の熱的な遷移を異常熱容量として検出することに成功した.また,分子の回転運動に核スピン状態が絡み合って生じる一重項(パラ)状態と三重項(オルト)状態の間の緩和現象を熱容量の時間変化として捉え,得られた緩和時間の温度依存性から,熱活性型と,非熱活性型の2成分が存在することも明らかにした.さらに,籠の役割を果たすC60フラーレンを,エポキシ基の付いたC60Oに置き換えると,緩和挙動時定数が劇的に大きくなることも見出した. 3年間の研究期間全体を通じて,C60の内部空間にLi+というイオンがゆるく束縛された場合とH2O分子という極性分子が束縛された場合の2パターンについて,内包粒子のダイナミクスと熱力学的な特性を明らかにした.低温の結晶中においても,C60の遮蔽効果が非常に大きいことから,内包粒子が特異な運動様式を示すことが明らかになり,Li+イオンでは24 K以上では周回運動を,それ以下の温度で局在化した振動運動をすることが示された.一方,H2Oでは,10 K以下の極低温においても,あたかも気体状態のようにH2O分子が回転することが明らかになった.
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