研究課題/領域番号 |
15K05405
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研究機関 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 |
研究代表者 |
林 繁信 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 物質計測標準研究部門, 招聘研究員 (00344185)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 固体NMR / プロトン伝導 / 無機固体酸塩 / 相転移 / 水素結合 |
研究実績の概要 |
AO4型四面体イオンの水素結合ネットワークを持つ無機固体酸塩では液体に匹敵する高いプロトン伝導を示す超プロトン伝導相が出現する。一方、(SO4)2-および(PO4)3-イオンの混合した系では、高温で実現した超プロトン伝導相が温度を下げても室温相にもどらず、室温でも高いプロトン伝導を維持する。本研究では、プロトン伝導性を支配する相転移挙動の制御を目指して、AO4型四面体イオンの水素結合ネットワークを持つ無機固体酸塩における、相転移のメカニズムを微視的に明らかにすることを目的とする。無機固体酸塩としてCs2(HSO4)(H2PO4)を中心に取り上げ、手法として固体NMRを用いる。固体高分解能NMRの技術を駆使して、相転移点近傍における、各サイトにおける原子の挙動を区別して調べるとともに、原子間の距離や化学結合に関する情報を取得する。 平成27年度は、Cs2(HSO4)(H2PO4)試料を合成し、プロトン拡散のパスに存在する1H、31Pの一次元固体高分解能NMRスペクトルの測定を行った。試料の純度の確認には、粉末X線回折および熱分析測定を行って目的とする化合物が得られたことを確認した。本研究で対象とするCs2(HSO4)(H2PO4)は相転移が可逆的に起きない系であるため、試料の熱履歴および雰囲気制御には十分留意して測定を進めた。また、CsHSO4やCsH2PO4を比較対照物質として同様の測定を行い、Cs2(HSO4)(H2PO4)と比較検討を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成27年度は、Cs2(HSO4)(H2PO4)試料を合成し、1H、31Pの一次元固体高分解能NMRスペクトルの測定を行った。1H NMRスペクトルでは、60 kHzの高速回転により、4種類の水素結合の存在が明らかとなった。従来の10 kHz程度の回転では2成分にしか分離できなかった。一方、比較対照物質であるCsHSO4では1種類、CsH2PO4では2種類の水素結合が存在した。Cs2(HSO4)(H2PO4)の水素結合ネットワークが複雑であることが示された。31P NMRスペクトルでは、Cs2(HSO4)(H2PO4)、CsHSO4、CsH2PO4のいずれも1つのシグナルを示し、Pのサイトが1種類であることを示した。 NMRスペクトルの測定と並行して、スピン-格子緩和時間の測定も行った。Cs2(HSO4)(H2PO4)の1Hの緩和時間が150 sと非常に長かった。31Pの緩和時間は316 sとさらに長かった。 NMR測定は通常シグナルを積算してS/N比を上げなければならない。積算は緩和時間の5倍以上の時間間隔をおく必要があり、1つのスペクトルを得るために非常に長い測定時間を要する。平成28年度は二次元固体高分解能NMR測定を行う計画であり、1つの二次元スペクトルを得るために一次元スペクトルを数十枚測定する必要がある。緩和時間が長いことは二次元固体高分解能NMR測定の大きな障害になる。このため、緩和時間を短くする試みを行った。アンモニウムイオンを微量添加することにより、1Hの緩和時間が30 s程度になり、二次元固体高分解能NMR測定が射程に入ってきた。
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今後の研究の推進方策 |
平成28年度は、平成27年度に行った1H、31Pの一次元固体高分解能NMRスペクトルの測定を二次元固体高分解能NMRスペクトルの測定に拡張し、核スピン間の相互作用を観測する。核スピン間の相互作用としては、「双極子相互作用」および「間接スピン-スピン相互作用」を考えている。前者は核スピン間の距離を反映しており、後者は核スピンを持つ原子間の化学結合を反映している。 最初に、同種核間の相互作用(homonuclear interaction)を観測する。相互作用が観測された場合、核スピン同士が近くに存在する、もしくは化学結合していることになる。 また、異種核間二次元固体高分解能NMRスペクトルの測定を行い、異種核間の相互作用(heteronuclear interaction)を観測する。すなわち、1H-31P間の相互作用の測定を行う。1Hスペクトルのシグナルと31Pスペクトルのシグナル間に相互作用(双極子相互作用、間接スピン-スピン相互作用など)があれば、二次元スペクトル上にシグナルが観測される。一方、相互作用がなければ、シグナルが観測されない。異種核間二次元固体高分解能NMRスペクトルの測定により、スペクトル上のシグナルを明確に帰属することができる。 一次元NMRスペクトルの測定の時と同様、スペクトルの温度依存性を観測し、相転移に伴うスペクトルの変化を観測する。また、試料の熱履歴および雰囲気制御には十分注意する。 以上の相転移に伴う二次元NMRスペクトルの変化から、核スピン間の距離および化学結合が相転移によりどのように変化するのかを明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成27年度は、固体NMR装置用消耗品(特殊試料管など)、試薬などが手持ちのもので間に合ったため、物品費の支出をかなり抑えることができた。
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次年度使用額の使用計画 |
平成28年度は、平成27年度の繰越金を含め、約2,000千円の研究費を使用することができる。物品費 70万円(内訳: 固体NMR装置用消耗品 50万円、試薬 20万円)、旅費 60万円、人件費 60万円、その他 10万円(学会参加費など)の使用を計画している。
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