研究課題/領域番号 |
15K05412
|
研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
中本 真晃 筑波大学, 数理物質系, 講師 (90334044)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | 高歪み結合 / テトラヘドラン / シクロブタジエン / 反芳香族分子 / 原子価異性化 / シグマ共役 / ビラジカル |
研究実績の概要 |
高歪み炭素シグマ結合からなる正四面体炭化水素分子テトラヘドランと、その原子価異性体であるシクロブタジエンを主たる研究対象として、光や熱等の外部刺激によって誘起される分子変換のしくみに関する実験的研究を遂行している。テトラヘドランとは4つのシクロプロパン環が縮環した高歪み炭化水素分子であり、シクロブタジエンは4π反芳香族性を示す歪みの大きな分子である。ここまでの研究において,ケイ素置換基により立体的かつ電子的に安定化された高歪み有機分子について光や熱等の外部刺激によって誘起される分子変換について検討してきたところ、テトラヘドランの光誘起原子価異性化では,定量的にシクロブタジエンが得られることが分かった。これらのシクロブタジエン誘導体は、他の方法では得難い化合物であり、本研究によって初めて安定に合成できた分子が含まれている。またクロスカップリング反応を利用することで,様々なテトラへドラン誘導体の合成に成功し,その誘導体の多くはシクロブタジエンへと変換できた.フェニレン基やビニレン基のようなπ共役系へと高歪み骨格に導入すれば、開殻系分子への実験的アプローチとなると期待され、その目的のための合理的な分子設計を行い、前駆体の合成に着手した。4π反芳香族化合物シクロブタジエンの化学特性を明らかにすることが本研究の最重要課題であり、その目的のために現在、シクロブタジエンへの光異性化機構の解明を達成するべく実験および理論的研究により精査している。光エネルギーによって高活性な分子を作り出す研究は重要な課題であり、置換シクロブタジエンの合成、分子構造および電子状態の理論的かつ実験的な解明によって大きく進展するものと期待される。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、様々な高歪み結合からなる分子を構築し、光による物質変換および高歪み電子系の物性解明を目指して、現在までに以下の実験を中心に成果を得ている。(1) π共役系へと導入したテトラヘドランからシクロブタジエンへの光誘起原子価異性化。(2) 置換シクロブタジエンの合成、分子構造および電子状態の理論的かつ実験的な研究。 シクロブタジエンは、4π反芳香族分子であり特異な電子状態を有する。そのため通常のπ共役系分子と比較しても高い反応性を示すことが知られている。これまでシクロブタジエンの分子構造、電子構造、反芳香族性に関連する研究は盛んに行われてきたが、安定な化合物として単離された例は少ない。本研究での最初の実施計画としては、パラジウム触媒を用いたクロスカップリング反応によって、電子的特性の異なるアリール基を高歪み炭素シグマ骨格に導入することであった。この目的はある程度、達成できたといえる。一方、現在までに確立した方法論ではまだ合成上の制約のため、合成可能な前駆体には限界がある。さらなる条件の精査が必要であり、様々に官能基化された誘導体を合成することできるようになれば、これまでテトラへドランの系では不可能であった系統的な置換基効果の検証が可能になる。今後はより詳細な電子物性を明らかにするために一連のテトラへドラン誘導体の光異性化および熱異性化を検討する必要がある。非共有電子対を有し求引的な置換基を導入したテトラへドラン誘導体の合成においても進展があり、高歪みシグマ結合に及ぼすヘテロ原子の影響に関しての知見も得られている。特に光エネルギーを使って、効率よく高活性結合からなる分子を合成する方法に関しては想定していた以上の成果を得ている。
|
今後の研究の推進方策 |
歪んだσ結合と隣接するπ系との軌道相互作用が、テトラへドランの性質へ与える影響や、シクロブタジエンへの原子価異性化に及ぼす置換基効果を明らかにする。この熱異性化は軌道対称性禁制であるが、実際には 比較的低い活性化障壁(30 kcal/mol程度)を超えて熱異性化しシクロブタジエン誘導体になることはわかっている。シリル基で置換すると活性化障壁は大きく上昇し、300 °Cまで安定であるが、アリール基の導入によって熱異性化反応は加速されるのか、また異性化のメカニズムは理論化学の予想と一致するのかを検討する。熱異性化の中間体にはビシクロ-1,3-ビラジカル構造が推定されており、その構造や性質にも興味が持たれるため、計算化学や物理化学の専門家との共同研究を行う。 官能基化されたシクロブタジエンでは,これまでに例のない反応性を示すことも期待される。最近,電子求引基の置換したシクロブタジエン誘導体では比較的温和な条件でベンゼンとDiels-Alder反応を起こし,形式的にベンゼンをC4H4とC2H2の2つのフラグメントに分解できることを見つけている。反応解明のキーワードは励起三重項でのビラジカル性,あるいは励起芳香族性である。そこで,前年度までに合成したシクロブタジエン誘導体について,EPRやSQUIDを用いてスピン多重度の決定を行うことを計画している。シクロブタジエン骨格を維持したままでの高度に制御された分子変換は困難だと予想されるが,テトラヘドラン前駆体を利用することで様々なシクロブタジエン誘導体を作り出すことができる。
|
次年度使用額が生じた理由 |
研究計画での物品購入額は1,100,000円を予定していたが、実支出額は508,505円であり、差額の591,495円が生じた。これは残額(747,295円)の79%であり、次年度への繰越の大半を占める。主な理由は、現有の光反応装置(光源)を最新の機器に更新する計画であったが、現有品での実験を優先し、その代わりに試薬等の消耗品購入費に充てたため差額が生じた。
|
次年度使用額の使用計画 |
今年度の実験計画では、より光反応の解析へと研究の重点をシフトさせた。これによって当初の目的である反芳香族分子の構築と物性の解明を完成させる。そのためには設備備品として要求した「光化学用紫外線発生反応装置」の購入を計画している。現有機器では実現困難な温度制御や光源のコントロールの可能な装置を導入し、光異性化反応機構の解析において精度の高い実験を行うことで反芳香族分子における物性の解明が進むものと期待している。
|