本研究の目的は、高圧液相反応などで観測される特異的な反応速度定数挙動を計算化学アプローチで解明することであった。液相反応の速度定数は、通常の反応条件下では、遷移状態理論(TST)に従う。しかし特殊な条件下では、溶質-溶媒間の化学平衡の破綻が起こり、TSTから外れる特異的な挙動が観測される。 昨年度までの成果として、全反応自由エネルギーを構成する化学座標自由エネルギー(溶質の反応自由エネルギー)と、溶媒和座標自由エネルギー(周辺溶媒の溶媒和自由エネルギー)を分離し、両者の結合度合を表す指標であるカップリング定数をMDシミュレーションで算出し、吸い込み項Fokker-Planck型反応拡散方程式のモデル解析解から得られるカップリング定数との比較を行った。この手法を、アゾベンゼン・ベンジリデンアニリン誘導体(古典力学レベル)と、クロメン誘導体(Reax力場・第一原理MD)のそれぞれに適用した。 最終年度は、溶媒和エネルギー計算の改善法として自由エネルギー表示法(ER法)を採用し、溶媒-溶質カップリング定数の再評価を行った。この方法では、凍結溶媒シェル法による溶媒-溶質間の非平衡効果をあらわに取り込むことができる利点がある。この方法をアゾベンゼン・ベンジリデンアニリン誘導体(古典力学レベル)に適用し、溶媒-溶質カップリング定数の改善を見出すことができた。 本研究を通じて、溶質-溶媒間の化学平衡の破綻が生じている非平衡系において、その破綻規模を表現する溶媒-溶質カップリング定数を、調和ポテンシャル下の解析モデル解ではなく、分子シミュレーションに基づく定量的な数値解として求める手法を見出した点が、主要な成果である。
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