研究課題/領域番号 |
15K05444
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
橋本 久子 東北大学, 理学研究科, 准教授 (60291085)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 有機金属化学 / 高周期元素 / 14族元素 / 金属錯体 / 鉄 / ルテニウム / モリブデン |
研究実績の概要 |
1.ルテニウムシリレン錯体を触媒とするカルボニル化合物のヒドロシリル化反応:昨年度の研究から, 触媒量のヒドリド(ジアルキルシリレン)ルテニウム錯体の存在下に,ベンズアルデヒドとジヒドロシランとの間で二重ヒドロシリル化反応が進行することを見出した。今回,この反応の適応範囲を調べるために,アリール上に電子供与基や電子吸引基を持つ様々なアリールアルデヒドを基質として反応を行ったところ,いずれの場合も対応する生成物を高収率で与えることを明らかにした。一方,ケトンを基質として用いると通常のヒドロシリル化生成物のみが選択的に得られた。 2.新規鉄ゲルミレン錯体の合成と反応研究:鉄は天然に最も多く存在する遷移金属元素であるため,貴金属で行われている反応を鉄で代用させられるかは,天然資源の有効利用の観点から重要な研究課題となっている。そこで,比較的安定性が高い2価のゲルマニウム化学種であるゲルミレンを用いて,これを配位子とする鉄錯体の合成に取り組み,その単離に成功した。様々な不飽和有機分子との反応を検討したところ,以前合成したタングステン類縁錯体に匹敵,あるいはより反応活性であることが明らかになった。例えば,イソチオシアナートのC=S二重結合を切断する反応が鉄錯体では室温で容易に進行した。これはタングステン類縁錯体では起こらなかった反応である。 3.モリブデンシリリン錯体の合成研究:最近,1価のケイ素化学種であるシリリンがタングステンに配位した錯体の合成に成功し,その構造を明らかにするとともにこの錯体が非常に高い反応性を示すことが明らかになってきた。今回,さらに反応性が向上すると期待されるモリブデンを中心金属とする類縁錯体の合成に取り組んだ。まだ目的の錯体の単離には至っていないが,前駆錯体となるヒドリド(シリレン)錯体およびアニオン性のシリレン錯体の合成に成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
低原子価の14族元素化学種の一つである2価のケイ素化学種およびゲルマニウム化学種が,それぞれ配位したシリレン錯体およびゲルミレン錯体を合成あるいは改良することにより,幾つかの新反応を見出してきた。これらの錯体では,金属中心は18電子で配位飽和であるが,低原子価元素配位子中心がルイス酸性部位となるため,反応基質が低原子価元素中心に配位あるいは相互作用することで活性化される。通常の金属部位での基質の活性化とは全く異なる反応様式である。また,金属上にヒドリド配位子を合わせ持つタイプの錯体では,金属上のヒドリド配位子が転位や還元的脱離に関与することで,さらなる反応が進行することが明らかになってきた。例えば,研究実績の項でも述べたように,ルテニウムシリレン錯体を用いるとアリールアルデヒドによる二重ヒドロシリル化反応が触媒的に進行するが,これはシリレン配位子のケイ素中心の高いルイス酸性部位と金属ヒドリドが協働的に作用したことで進行したと考えられる。また,天然資源として豊富にある鉄を用いて類似の骨格を持つヒドリド(ゲルミレン)錯体を合成すると,イソチオシアナートのC=S結合を室温で速やかに切断する反応が進行した。一方で,当初設定していた課題のうち,ハロゲン置換のシリレン錯体の研究は,生成錯体の熱的安定性や取り扱いにくさのため困難であることが分かった。その代わりに,1価の低原子価14族化学種が配位した錯体の合成研究を推進している。1価の低原子価14族化学種が配位した錯体は,ルイス酸性元素中心に加えて,直交した2つのπ軌道を持つので,それらに基づく新しい反応の発見が期待される。既に,非常に嵩高いアリール基を持つタングステンシリリン錯体の合成に成功し,有機分子を2分子取り込んだ生成物を高収率で与えるなど,新反応を見出している。これらを総合すると,おおむね順調に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
今年度は,大学院生5名および学部生2名が研究協力者となる予定であり,これらに加え共同研究を行い,次の3つの研究課題を中心に効率的に研究を推進する。 課題1:ルテニウムゲルミレン錯体と不飽和分子との反応:先に予備的な研究として,ルテニウムのゲルミレン錯体の合成に成功しており,この錯体が温和な条件で1気圧の二酸化炭素と反応することを見出しているが,生成物の単離には至っていなかった。そこで,本年度は,この反応を精査し生成物を完全に単離し構造を決定する。また,他のヘテロクムレンやアルキン等との反応を検討し,メタセシス反応の可能性を検討する。 課題2:シリリン錯体を用いた新反応開拓:最近, 1価のケイ素配位子を持つシリリン錯体を合成することに成功した。この錯体のケイ素中心もルイス酸性が高く,加えて,金属―ケイ素間に直交するπ軌道を2つ持つため,特異な反応性が期待される。実際,嵩高いアリール基を持つシリリン錯体については,ケトン類と[2+2]環化付加を起こすことを,またアルデヒドとの反応では移動水素化を伴い2分子の基質を取り込んだ生成物を与えることを見出している。今年度は,さらに多様な基質との反応を検討することで,新規で有用な反応の開拓を目指す。 課題3 モリブデンゲルミレン錯体およびゲルミリン錯体の合成とそれらを用いた触媒的変換反応の開発:タングステンのヒドリド(ヒドロゲルミレン)錯体とイソシアナートとの反応から, 2つの水素がイソシアナートに付加し,N-ホルムアミドが高収率で得られることを見出しているが,これを触媒的に進行させることには成功していない。触媒的変換反応の困難さの原因の一つは,タングステンーゲルマニウム結合が熱的に極めて強固であるからと考えられる。そこで,結合エネルギーが小さくなると期待されるモリブデンを用いて類縁錯体の合成を行い,それにより触媒的変換反応を探る。
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