本研究は、カチオンアニオン相互作用を利用し、構造および物性、それらの変換挙動、分子認識挙動が対イオンにより制御されるイオン性金属錯体の創成を目指すものである。 平成30年度は、水素結合サイトをもつ多核金属錯体のバリエーションを増やすこと、動的挙動を調査することを目的として、カチオン性金(I)銅(II)多核金属錯体について研究を展開した。水素結合サイトを有するD-ペニシラミンだけでなく、疎水性のフェニルを有するジホスフィンを配位子として導入し、その集合構造に与える影響を調査した。また、この系は金(I)―チオレート、金(I)―ホスフィンという比較的置換活性な単座の配位結合をもつことから変換挙動を示すことも期待できる。D-ペニシラミンとジホスフィンを1:1で含む環状金(I)四核錯体と銅(II)イオンを反応させると、その対イオンに依存して二種類のケージ構造を形成することが明らかとなった。水素結合能をもたない対イオンの場合は、14員環構造をベースとしたbicyclicケージ構造が形成されたのに対し、水素結合可能な硝酸イオンを用いた場合は、環拡張変換が起こり、28員環構造をベースとし、中心に硝酸イオンを鋳型として取り込んだtricyclicケージ構造が形成されることがわかった。これらの錯体は、硝酸イオンの有無によって互いに相互変換可能であり、水素結合可能な硝酸イオンの認識によって、その超分子構造変換を制御することに成功した。 以上、本研究では、4年間の実施期間を経て、水素結合部位を有するさまざまな配位子(含硫アミノ酸やビグアニド型配位子)や疎水性部位を有する配位子を用いて、構造変換挙動や分子認識を示すイオン性金属錯体や、安定な低密度イオン性金属錯体の構築に成功し、当初の研究目的を達成することができたと考える。
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