近年、フォトクロミック分子を用いて様々な生命現象を光で制御・観測する試みが活発化しており、光反応に紫外光を必要としない、可視光や近赤外光で両光異性化反応を示すフォトクロミック分子の開発が切望されている。そのような背景に鑑みて、本研究では近赤外波長域の光で可逆的なフォトクロミック反応を示す蛍光性ジアリールエテンを創出するための基盤研究を行うことを目的とする。 その目的のために、昨年度までにフォトクロミック分子であるジアリールエテンユニットの一部に近赤外波長域に吸収バンドを有するシアニン色素骨格を組み込んだ分子を設計・合成した。その分子の光反応性と蛍光スイッチング特性について検討した結果、いかなる条件下(溶媒や照射波長など)においても、明確なフォトクロミック反応は観測されなかった。この結果はπ共役系が拡張したことにより、分子全体に電子が非局在化し反応部位の電子密度が低下したためであると考えられた。そこで、反応部位に直接π共役色素であるペリレンイミドを導入したジアリールエテン誘導体を設計・合成した。その光反応性と蛍光スイッチング特性を評価した結果、波長650 nmの光で閉環反応を示し、波長405 nmの光で開環反応を示す可逆的なフォトクロミック特性を有することが認められた。この結果を拡張することで更に長波長側の近赤外光によるフォトクロミック反応を実現できるものと期待される。 また、その研究を進める中で、蛍光ユニットの三重項からのエネルギー移動によりジアリールエテンユニットが吸収を持たない波長の光で閉環反応が誘起される現象が見出された。この結果に多光子励起過程を加えることで、1064 nmの近赤外光によりジアリールエテンユニットの光閉環反応を誘起できる可能性も見出され、近赤外光でフォトクロミック反応を示す分子に対する新しい分子設計指針が得られた。
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