研究課題
金属ジチオレン錯体塩に属する分子結晶X[M(dmit)2]2 (X: 1価の陽イオン、M=Pd, Pt)は、二つの[M(dmit)2]分子が強い二量化を示す。二量体の配列様式が同じ物質は数十種存在し、二量体間距離と二量体内距離の違いだけで、基底状態(反強磁性・スピン液体・超伝導、および、複数種の電荷整列)の違いや相転移温度の違いが起こる。同型結晶でこれだけの多様性を示す分子結晶は他に存在しない。単一成分金属を含めた金属ジチオレン錯体では、分子軌道が縮重状態に近いため、従来の分子結晶にはない自由度が潜在し、この自由度を利用することで多様で複合的な物性発現が期待できる。本研究では、X[M(dmit)2]2の分子軌道に起因する自由度を突き止める実験的研究を行なっており、今年度は以下の①と②の成果を得た。① M=Pdにおける分子内振動の波数を用いることで、二量体間・二量体内相互作用の定量化に成功し、反強磁性・スピン液体・複数の電荷整列の違いを、定量値から分類できた。一連のX[M(dmit)2]2では、二量体のHOMO準位とLUMO準位の逆転に伴い分子間結合と電子間反発が協奏作用している。協奏作用は複数種類存在し、定量値は協奏作用の違いを反映しており、この違いが自由度の正体であると示唆される。これは、d軌道の自由度とは異なる概念である。② 二量体内距離が長いM=Ptでは、二量体のHOMOとLUMOが縮重に近い。M=Pt・X=Me4Pの分光測定から、電荷整列様式がM=Pdとは異なることが分かった。また、近赤外光照射で電荷整列が抑制され、分子間距離が伸びる様相を観測した(共同プレスリリース)。当該物質はM=Pdよりも縮重に近いため、照射前・照射後共に新たな協奏作用が生じたことが示唆される。
2: おおむね順調に進展している
分子結晶X[M(dmit)2]2 (X: 1価の陽イオン、M=Pd, Pt)の軌道由来の自由度の正体を明らかにすべく、下記①~③の研究を行った。① M=Pdの多様な基底状態を統一的に扱う理論構築を行った。M=Pdでは軌道準位逆転のため、分子間結合と電子間反発が協奏作用している。二量体間と二量体内の電荷移動遷移にそれぞれ関係した2種類のC=C振動のピークの分裂幅(ΔAとΔD)に着目した。Xの異なる10種類の物質を比較したところ、電荷整列ではΔA:大(ΔDは配列様式依存)、スピン液体ではΔA:中かつΔD:中、反強磁性ではΔA:小かつΔD:小 (但し、転移温度減少に伴いΔD増加)であった。自由度の正体とは、ΔA・ΔDの値の組み合わせ次第で最高占有軌道と協奏作用が異なることであり、既存の理論予測とは全く異なる結果を得た。② M=PtではM=Pdよりも二量体内距離が長いため、縮重状態に近い。X=Me4Pの分光測定から、低温での電荷整列が、M=Pdのいかなる配列とも異なり、しかも、ΔA:小かつΔD:大であった。この結果から、縮重に近いと、最高占有軌道・協奏作用・電荷配列が更に変更を受けたと考えられる。つまり軌道由来の自由度を反映している。この軌道を近赤外光で空にした状態で時間分解の分光測定と電子線回折を行ったところ、電荷整列の解消と二量体の膨張が観測された。この結果も協奏作用の種類と分子間距離の関連性という①の結果と一致している。③ M=PtとPdにおいて、既知物のカチオンXよりも大きなカチオンを導入することで、二量体内・二量体間距離を延ばし、縮重を実現する試みを行なった。当初は、電気分解法で結晶作製を行なったが、目的とする1:2塩が得られていない。延伸や一軸圧縮により二量体間・二量体内距離を変化させる実験に備え、対象となる既知物質の結晶作製を行なっている。
基底状態の多様性を誇るX[M(dmit)2]2は、相分離や連続的変化を起こしやすい。従って、分子間相互作用の評価には、平均構造を解析するX線回折だけでは不十分である。一方、上述のΔAとΔDは、空間的不均一と時間的不均一を区別できる分光実験から得られるので、強力な解析手段である。また、強制的に分子間相互作用に変化を与える延伸と一軸圧縮や、時間分解測定も分子間相互作用の評価に有用な実験手法である。今後は、これらの手法を中心に縮重に近い状態における分子間相互作用の特性を探る。① ΔAとΔDによる分類を完成させる。まず、圧力下超伝導体の超伝導到達圧とΔA・ΔDの関係を求める。次に、常圧の室温近傍で金属的挙動を示す3種類の物質を対象にして、これらのΔA・ΔDを決定する。初年度の結果と総合して、ΔAとΔDを用いた統一相図(どの条件だと、どの軌道に電子が収容されるのか、という相図)を完成させる。静水圧下超伝導体のmonoclinic-EtMe3P[Pd(dmit)2]2や、金属的挙動示すQuinuclidinium[Pd(dmit)2]2を中心に、延伸・一軸圧縮下での抵抗測定を行ない、統一相図の妥当性を伝導性の観点から検証する。② 二量体内距離の長いM=PtのΔAとΔDの決定を行なう。合成に時間のかかる新規試料だけではなく、既知試料を積極的に利用する。ΔAとΔDの組み合わせが何種類得られるのか検討し、最も縮重に近い物質を探索する。延伸・一軸圧縮下での抵抗測定を行ない、積極的に縮重を誘発させる実験も行う。③ 近赤外光照射も分子間距離増大の有力な手段であることがわかった。今後は、既知のM=Pt・Pdに近赤外光を照射しながら、ΔAとΔDの決定や電子線回折を行うことで、基底状態の変換や、縮重状態の探索を行う。
X[M(dmit)2]2(M=Pt)において、カチオンサイズXを大きくした物質の単結晶作製が容易ではないことが判明した。従って、白金試薬の購入量を減らした。また、国際会議への出席を検討していたが、学内業務との日程調整がつかず、参加できなかった。
中心金属Mが金である既知物を用いた実験に向けた試薬購入に利用する予定である。また、中心金属M=Pt・Pdの既知物を対象にした、延伸・一軸圧縮下における電気抵抗測定実験の際に発生する装置(PPMS)使用料に充当する予定である。
すべて 2016 2015 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (5件) 備考 (1件)
Science
巻: 350 ページ: 1501-1505
10.1126/science.aab3480.
CheM
巻: 2 ページ: 74-80
http://www.titech.ac.jp/news/2015/032959.html