研究課題/領域番号 |
15K05478
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研究機関 | 愛媛大学 |
研究代表者 |
山本 貴 愛媛大学, 理工学研究科(理学系), 准教授 (20511017)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 分子軌道自由度 / HOMO-LUMO逆転 / 金属ジチオレン錯体塩 / スピン液体 / 超伝導 / 電荷整列 / モット絶縁体 / Valence Bond Order |
研究実績の概要 |
金属ジチオレン錯体分子から構成される固体は、縮退軌道による「多様な電子状態」と、低次元π電子系に特有な「明快な電子状態」の双方を併せ持つ。本申請者は、結晶性物質のX[M(dmit)2]2塩[X=1価陽イオン、M=Pd, Pt, Au]において、二つの[M(dmit)2]分子が結合することで「縮退に近い状態」になることに着目した。本研究の目的は、振動分光学的手法により、縮退に近い状態に起因する電子状態を明らかにし、伝導性や磁性に及ぼす影響を解明することである。 X=EtMe3Sb/M=Pd(物質A)は、極低温でも電子スピンが秩序化しない(スピン液体)にも関わらず、若干のエントロピー放出を伴うという一見矛盾した磁性を示す。本研究により、三種の秩序状態(二量体・四量体・八量体)が縮退していることを突き止めた。これにより、スピン液体の起源も、エントロピー放出の起源も矛盾なく説明できる。 圧力下で超伝導になる反強磁性体の研究も行った。X=Et2Me2P/M=Pd(物質B)およびX=Me4Sb/M=Pd(物質C)では、二量体と四量体のみが縮退に近い。X=EtMe3As/M=Pd(物質D)では、四量体のみ形成する二次元伝導層と、二量体と四量体のみが縮退に近い二次元伝導層が交互に整列する。超伝導転移する圧力の大きさという観点から、表題物質群を整理すると、「二量化した絶縁体」→「四量化した絶縁体」→「超伝導」→「金属」であることが判明した。 四量体の局在性を弱めて超伝導を誘発できる原理は、大変興味深い。この原理に一般性があるのか検証するため、分子軌道準位が縮退し難い一般の分子性伝導体を用いた研究を着想した。β″-型ET塩およびκ-型ET塩の、一軸圧縮実験および化学圧力効果の検証を行った。その結果、電荷整列した四量体同士の軌道重なりを選択的に増大させると超伝導が促進されることを見出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初計画では、M=Auの研究も行なう予定であったが、28年度以降はM=PtとM=Pdの研究へ軸足を移した。これは、M=PtとM=Pdにおける基底状態の数が予想以上に多様であり、これに伴い、縮退に近い軌道の効果も多様なので、データを蓄積・分類する必要性に迫られたからである。 29年度は、X=EtMe3Sb/M=Pd(物質A)におけるスピン液体の起源に関する論文が掲載に至った。また、圧力誘起超伝導体であるX=Et2Me2P/M=Pd(物質B)およびX=Me4Sb/M=Pd(物質C)の反強磁性相において、二量体と四量体が縮退に近い状態であることも論文に掲載した。もう一つの圧力誘起超伝導体であるX=EtMe3As/M=Pd(物質D)に関しては、複雑な分子振動スペクトルが得られたため、時間をかけて慎重な解析を行った。その結果、互いに異なる状態の二次元伝導層が交互に整列するという複雑な様相を見出し、これも縮退に近い効果であった。まもなく論文を投稿する予定である。 昨年度、分子振動スペクトルを測定したX=C7H13NH/M=Pd(物質E)およびX=Me4N/M=Pt(物質F)に関しては、赤外スペクトルと磁性測定が必要であると判断し、29年度はこれらの実験に着手した。測定結果が揃い次第、論文投稿する予定である。 β″-型ET塩は高い一軸圧力だけでなく、弱い一軸圧力を印加して超伝導を印加する実験結果まで揃ったので、30年度中の投稿を目指している。κ-型ET塩では、化学的圧力依存性の検証は終わったところであり、物理圧力の実験を行ってから論文投稿準備を始める予定である。 中心金属Mの種類を限定する結果になったが、多様な電子状態を見出し、また、超伝導に関する統合的な研究が可能になったので、研究進度としては順調であると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
30年度は、最初にX=EtMe3As/M=Pd(物質D)の論文を、次いでβ″-型ET塩の論文を投稿する予定である。X=Me4P/M=Pd(物質G)に関しては、既にデータ取得済みだったが解析に時間を要した。これも30年度中に投稿予定である。その後、κ-型ET塩の圧力実験の結果が揃えば論文作成を行う。以前測定したX=Me4N/M=Pt(物質F)のラマンスペクトルによると、分子の非対称化が示唆される。この実験結果の再現性を確認する。更に、類縁体であるX=Me4Sb/M=Pt(物質H)のラマンスペクトルの測定も行う。 X=C7H13NH/M=Pd(物質E)は磁化率測定により磁性転移が示唆される結果を得たので、研究協力者の下で磁気共鳴測定を行う予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
錯体の中心金属として、金や白金ではなく、主にパラジウムを用いた。従って、試薬購入の出費が大幅に抑えられた。一方、圧力実験のための出費が生じた。従って、29年度は当初計画に近い出費となった。その結果、28年度の持越し分程度残っていることになる。この持越し分は、30年度において、論文投稿に関わる経費として利用する予定である。
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