歩行はヒトの基本的な運動の一つである.歩行時には踵が接地したときの衝撃を筋および腱の弾性エネルギーとして保存し,蹴りだし時にそれを放出することによって,効率的に運動していることを仮定した.この仮定の下では,歩行速度が速くなるにつれて,運動エネルギーが大きくなり,筋に保存されるエネルギーも大きくなるはずである.保存するエネルギーを大きくするためには,筋の伸びが著しく変化することはないので,筋のスティィフネスを大きくしていると考えられる.そこで,本年度は,歩行速度を様々に変化させて,腓腹筋とヒラメ筋のスティフネスを推定した.スティフネスの推定には,本研究で開発した誘発筋音にシステム同定法を適用する方法を用いた. 歩行速度を2,3,4,5km/hに変化させて8名の成人男性にトレッドミルを歩行させた.電気刺激を与えるために,外側腓腹筋と内側腓腹筋を同時に刺激できる位置を決定し,銀・塩化銀電極を貼付した.電気刺激を,踵接地を基準とする1歩行周期において,40%のときに与えた.これは,蹴り出しの時期に対応する.筋音の計測にはコンデンサマイクロフォンを用いた.また,同様にヒラメ筋を刺激できる位置を決定して,誘発筋音を計測した.誘発筋音にシステム同定法を適用して3次の伝達関数を同定した.伝達関数の固有周波数と,対象者の体重から推定した各筋の質量から,筋のスティフネスを求めた.その結果,いずれの筋においても,スティフネスが歩行速度の増加とともに増加した.従来,歩行では,運動エネルギーと位置エネルギー(重心の上下動によるエネルギー)を相互に変換すると考えられていることに対し,運動エネルギーを弾性エネルギーを相互に変換することも行なっていることを明らかにした.
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