研究課題/領域番号 |
15K06393
|
研究機関 | 飯田市歴史研究所 |
研究代表者 |
樋口 貴彦 飯田市歴史研究所, 研究部, 研究員 (50568631)
|
研究分担者 |
青柳 由佳 名古屋女子大学, 家政学部, 講師 (60713724)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | 民家 / 付属屋 / 板倉 / 木造構法 / 木材利用 |
研究実績の概要 |
本研究は、地域における森林資源の循環利用のための体制づくりの必要性が高まる社会状況をふまえながら、多様な木材資源の利用が見られる中部山岳地帯の3か所の山地を研究対象地として、都市部に木材を供給しながら近代まで維持されてきた山地の集落における森林資源の運用体系の特徴を記録し、各地の立地条件に応じて形成された木材利用の循環利用モデルを提示することを計画し、飛騨と遠山谷において、研究を実施してきた。 平成29年度は、木曽谷における調査活動として伝統的な家屋配置や構法的特徴が比較的良く残されている木曽町橋詰集落と王滝村滝越集落の2集落において調査を実施した。両集落における特徴的な母屋と付属屋について実測調査を行い、所有者の了解を得られた場合は主要な構造部材の木片の採取を行った。その他平成27年から実施してきた遠山谷における山地の集落の民家の木材利用の特徴については、平成29年度の日本建築学会大会において「山村集落の家屋の屋敷まわりにおける木材利用の手法‐遠山谷下栗集落を事例として」と題して報告を行った。これらの調査結果をもとに12月には遠山谷において、「山村集落と木材利用」と題した地域住民向けの第3回目のワークショップを開催し、木曽谷と遠山谷における民家に見られる木材利用の共通点や相違点を指摘した。また飯田市歴史研究所の羽田慎也研究員をゲストに迎え、飯田藩が管轄した集落における郷倉普請に関する資料を事例に、近世の山里における木材調達の実態について意見交換を行った。 本研究課題で対象とした研究対象地の一つである飛騨地域については、研究分担者の青柳氏が平成30年2月に発行された日本建築学会計画系論文集に「岐阜県飛騨市種蔵集落における入会林野の利用からみた民家の木材利用の変容」としてまとめ、詳細な報告を行った。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
近世において幕府の直轄地であった3つの林産地を対象にして、近代まで保たれてきた地域内での木材利用の特徴について比較し明らかにしようとする点が、本研究の特徴であり、年次ごとに主な研究対象地域を定めて調査を実施してきた。先行して研究の蓄積があった飛騨地域と平成28年半ばまで調査を行ってきた遠山地域については、主要な民家の実測調査を終えており、前者については分担研究者の青柳氏により平成30年2月に発行された日本建築学会計画系論文集第744号に「岐阜県飛騨市種蔵集落における入会林野の利用からみた民家の木材利用の変容」としてまとめられた。また後者については、平成29年度の日本建築学会大会において「山村集落の家屋と屋敷まわりにおける木材利用の手法 遠山谷下栗集落を事例として」として研究代表者の樋口が報告した。木曽地域での調査は平成28年に着手されたが、研究代表者の所属機関の移転事業のために一旦休止し、平成29年度後半より再開された。飛騨市種蔵集落においては、近代に家屋の総二階化が進み、クリ材に替えて柱や梁にスギ材が用いられることがわかったが、遠山谷では近代においても家屋の顕著な拡大傾向は見られず、柱や屋敷まわりの部材にはクリ材が多く用いられていた。一方木曽地域では、主にクリ材とサワラ材が民家に多く用いられていることがわかり、特に平屋型の民家ではクリ材が、総二階造の民家では、サワラ材が多く用いられる傾向がみられ、近代における山林管理体制の変質と、養蚕業の普及による民家の規模拡大の需要によって、サワラ材の地域内での利用が促されたと推察している。以上のように現状では3つの研究対象地域を俯瞰した視点から比較しうる状況となっているが、調査対象の妥当性や分析の手法を精査する余地が残されている。特に樹種判定のための木材の採取の状況には地域により偏りがあり、今後の樹種判定の実施が待たれる状況にある。
|
今後の研究の推進方策 |
これまでの調査結果は近世の幕藩体制の終焉期に、幕府により統制されてきたスギ、ヒノキ、サワラ材を産出し都市部や周辺地域に供給してきた林産地において、地域内における木材利用の統制が緩み、地域外への輸出用材として管理されてきた木材資源が地域内にも用いられ、いわゆる地産地消によりそれまで地域内で多く用いられてきたクリ材などの広葉樹林系の雑木の利用に取って替わったとする推測を導くものとなっている。その傾向は、地域の地理的特徴や産業とも関係すると考えられ、飛騨市種蔵集落の例のように農耕用家畜のための刈草の貯蔵空間の拡大や、より一般的な養蚕業の普及による蚕室空間の拡大との関係が推察される。一方で養蚕業が普及しながらも、広葉樹系の雑木を用いる傾向が強かった遠山谷の事例は、遠山谷固有の民家の形式や周辺の山地における木材利用の特徴との関係を示唆し貴重な視点を与えるものである。そのような状況から、木曽谷及び遠山谷においては双方の民家における木材利用の特徴を精査するために、比較するうえで有効な規模や年代の民家の補足的な実測調査や、木材片の採取と樹種判定が必要となる。また民家と付属屋といった民家の機能やそれに応じた構法との関係、仮設的な屋敷周りの部材や農業用の構築物などに用いられる材種との関係についても、地域の木材利用の全体像を把握するために補足的に調査を行いたい。 当初の研究計画では、毎年度調査対象とした民家の主要な事例より木片を採取し、専門家に樹種判定調査を依頼する予定となっていたが、実際には平成28年までは建物の所有者より木片の採取について承諾を得ることができず、平成29年度になり初めて木材採取を行うことになった。そのため平成30年度にまとめて樹種判定を行うことになり、対応できる作業環境と研究実績を有する東京大学農学部の斎藤幸恵氏に分担研究者として協力を依頼する予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
当該年度の支出額は、研究計画で当初予定した額を下回っているが、平成28~29年度にかけて研究計画立案時には予定されていなかった研究代表者所属機関の移転事業があり、この期間は研究計画に従事するためのエフォートが十分に確保できず、調査活動が制限されたため旅費等の支出が少額となった。また樹種判定を行うための木片の採取が遅れたため、樹種判定依頼のための謝金や物品費、調査報告をまとめて発表する予定であった論文投稿費等が次年度使用額として残された。 次年度使用額の使用計画としてしては、研究代表者の所属機関の変更に伴う、調査対象地の遠距離化による旅費の増額が見込まれる。また毎年度行う予定であった樹種判定を短期間でまとめて行う必用が生じたため、樹種判定の実施の経験が豊富で、人員や機材の面で整った環境をもつ研究者に新たに調査協力を依頼することになり、実施に必要な物品費や謝金を研究分担金から支出する予定である。
|