炭素繊維前駆体のポリアクリロニトリル(PAN)を代表的なイオン液体である1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムクロリドを溶媒とし溶液紡糸・二次加熱延伸することでPAN繊維の高強度化を検討した。具体的には分子量約100万の樹脂から作製したゲル繊維を200℃で二次延伸することで、引張強度として平均値2.31GPa、最大値2.53GPaの高強度繊維を得た。この値は従来報告された学術論文中で最も高く、ここに本課題で掲げた大きな目標を達成した。 一方で高強度化に伴ってPAN繊維の力学挙動の特異性も明らかになった。繊維強度は延伸倍率および結晶配向度の増加に伴って向上したが、弾性率は延伸倍率に大きく依存せず凡そ25~27GPaに留まった。また破断伸度はいずれの延伸倍率でも約12%の一定値であった。以上より本PAN繊維は、2GPaを大幅に超える高強度を持ちながらも比較的低弾性率で高伸度の“高タフネス繊維”であった。繊維のタフネスは132 MJ m-3 に達し、ナイロン繊維(80 MJ m-3)をはるかに凌ぎ、絹やクモ糸と同程度であった。本繊維は10%を超える破断伸度を有することから軟らかいポリマーをマトリックスとするしなやかな高強度FRPへの展開が期待される。 高強度PAN繊維の欠点であるフィブリル化の起こりやすさについては、若干のコモノマーを導入することで大幅に改善できた。すなわちコモノマーの存在により分子間凝集力を幾分低下させることで、紡糸時の凝固様式においてゲル化の優先度が増した結果、緻密度が高くなりボイド形成が抑えられフィブリル化を大幅に低減できた。耐久性の観点より有意義な結果である。 炭素繊維化に関して、アクリロニトリル単独重合体よりなる高強度PANを用いて炭素繊維化の検討を行った。炭素化工程における加熱時の張力制御が実験的に難しかったことから、2GPa程度の強度にとどまった。
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