研究課題
高純度銅に4種の置換型元素Ni, Si, Ge, Snと侵入型元素CおよびOを添加した二元合金をアーク溶解により作製した。これらの試料について、北海道大学の超高圧電子顕微鏡を用いて,室温での1250kV電子照射により導入される格子間原子集合体の一次元(1D)運動挙動をその場観察した。添加元素の種類と濃度に依存して1D運動の距離や頻度が変化することを確認した。電子照射下の点欠陥反応に関する従来の速度論モデルに格子間原子集合体の1D運動効果を組み込むことを試みた。形成された集合体が1D運動により試料表面などのシンクへ到達した場合には消失し、不純物原子に出会った場合にはトラップされて安定に成長することを仮定した。このモデルに基づいて鉄を想定した反応速度式を作成し数値計算を実施した。高純度試料において成長する集合体の数密度は、従来モデルに比べて約一桁低下し、実験により近い値となった。代表的な原子力用構造鋼に対して、名古屋大学の超高圧電子顕微鏡を用いて室温 - 400℃の温度範囲で電子照射を行い、格子間原子集合体の1D運動をその場観察した。室温に比べて高温では1D運動頻度が低下したが、オーステナイト鋼SUS316Lよりフェライト・マルテンサイト鋼F82Hの方が低下の度合いが大きかった。これはオーステナイト鋼とフェライト鋼の間に一般に成り立つ傾向であるかを確認するために、新たにSUS304と高クロム耐熱鋼を対象に同様の実験を行った。結果は現在解析中である。
2: おおむね順調に進展している
当初の予定から遅れている点として、イオン照射実験を実施できていないことが挙げられる。計画では、1)1D運動距離が大きく異なると見込まれる数種類の銅試料を作製する。2)超高圧電子顕微鏡を用いた電子照射実験により1D運動距離を確認する。3)この試料を用いてイオン照射を行う、としていた。鉄では溶質原子を添加することにより1D運動距離を短くする効果が見られていた。また試みた3種類の添加元素全てでその効果が確認されていた。当初、銅ではゲルマニウムを添加した試料を作製したが1D運動距離への影響が小さくイオン照射実験には適当でないことが判明した。そこで銅に対する原子サイズ因子の異なる数種類の溶質元素の効果を調査し、スズの添加量を変えることで1D運動距離を制御できることを見出した。このために3)のイオン照射実験は今年度中に実施できなかった。ただし鉄と銅における溶質原子効果に違いがあることは予想外で、今後溶質原子効果の理解に役立てる。一方、最初の計画では実用鋼中の不純物が1D運動に与える影響を調査する実験は今年度と来年度に実施する計画であったが、実際には昨年度に前倒しで開始し実験は今年度で終了した。以上のように実施順序が入れ替わった項目はあるが、得られた結果の内容からみて研究は着実に進展しているといえる。
今年度はイオン照射実験に注力する。最初に加速電圧と照射量の条件をいろいろに変化させて導入される欠陥組織を透過電子顕微鏡で観察する。個々のカスケード損傷から直接形成される空孔型および格子間原子型の欠陥集合体を透過型電子顕微鏡で捉えることを最初の目標に設定する。その上で、スズの添加量を変えて1D運動距離を制御した試料を用いてイオン照射を行い、カスケード損傷下における1D運動効果を実験的に検証する。既に実施した電子照射下の1D運動挙動については、データ取得を進展させるとともに不足している条件については再実験を行うことで、可能な結果から先に論文として報告する。
これまでに超高圧電子顕微鏡を使用した出張実験を多数回実施したが、そのいくつかの実験で、装置所有機関から装置使用料の支援を受けた。これが次年度使用額の生じた主たる理由である。
イオン照射実験を始めるにあたり、イオン照射装置の使用料金が必要になる。さらに銅試料は錆びやすいため電子顕微鏡用試料を作製後は、試料を高真空で保管する必要がある。このために高真空排気システムを導入することを検討する。
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