我々ヒトをはじめとする哺乳類の運動神経回路の動作原理についてはその複雑さから、依然として不明の部分が数多く残されている。本研究は哺乳類の脊髄において、歩行運動の基盤となる協調したリズミックな運動出力を生み出すことができる最小の神経モジュールを突き止め、その実験結果をもとに計算論的アプローチを用いて検証し、歩行運動神経回路を理論的に再構築することを目的とする。これまでに野生型マウスおよびウサギ様の歩行異常を示すキメリン遺伝子欠損マウスにおいて、新生仔から腰髄1髄節(厚さ約1mm)を摘出した組織標本の運動ニューロン群に、それぞれの個体の後肢の実際の歩様と類似した活動パターンをもつ歩行運動様リズム活動誘発できることを確認した。このことから、リズムを形成するモジュールが脊髄の1髄節内に局在し、これらのモジュールが相互に結合して機能的な運動出力を形成していることが示唆された。また、脊髄摘出標本において誘発された歩行運動様リズムの際に単一運動ニューロンからホールセルパッチクランプ法によって記録された膜電位の変化を元に、歩行運動の際のシナプス入力を推定する方法を開発した。この方法では、運動ニューロンの細胞膜の基本的な電気生理学的パラメータを測定することなく、またリズム活動の際の活動電位のバーストが発生している膜電位記録においてもシナプス入力の大きさとタイミングを推定することができる。この方法により、マウスの脊髄の歩行運動の際には、それぞれの運動ニューロンにおいて、支配する筋が収縮するタイミングで興奮性シナプス入力が、弛緩するタイミングで抑制性シナプス入力が強くなる、いわゆるpush-pull様式でリズムが形成されていることが推定できた。
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