研究課題
細胞小器官ミトコンドリアは、エネルギー産生に加え、カルシウム濃度の調節、シグナリング、脂質や核酸合成など細胞に必須な役割を担う。近年、ミトコンドリアのシナプス終末からの減少は、神経変性疾患においてその原因に関わることが示唆されている。本研究の目的は、シナプス前終末での局所的なミトコンドリア欠乏と神経変性の関係性を明らかにすることである。本年度は、主に目的2に関して、ショウジョウバエモデルを用いて加齢依存性のエネルギー量変化とそのミトコンドリア分布との関連を調べた。脳神経細胞で加齢に伴うATP量の変化を解析したところ、軸索ではATP量は変化しないが、細胞体では加齢に伴ってATP量が減少することがわかった。その原因として、細胞体でのミトコンドリアの機能低下が考えられたため、電子顕微鏡解析によりダメージを受けたミトコンドリアの数が若年個体と加齢個体で異なるかを比較した。その結果、加齢により構造の異常なミトコンドリアが細胞体で増加していることがわかった。これより、加齢による異常なミトコンドリアの割合の増加がATP量の局所的な減少を引き起こすことが示唆された。遺伝学的にシナプス前終末からミトコンドリアの数を減少させたショウジョウバエでは、加齢依存的に神経機能低下と神経軸索変性が観察される。それらの原因となる細胞内変化を探索するため、このショウジョウバエ脳の電子顕微鏡解析を行った。その結果、シナプス前終末からのミトコンドリア欠乏により、シナプスに異常な形態のオートファジー小胞の蓄積や、凝集タンパク質の蓄積が起きることがわかった。これらより、ミトコンドリアの欠乏により、シナプス前終末でのタンパク質代謝異常が引き起こされ、それが神経軸索変性の原因となる可能性が示唆された。
1: 当初の計画以上に進展している
シナプスでのミトコンドリアの数や機能の減少は、加齢依存的な神経変性疾患において、その発症に関与すると考えられている。ミトコンドリアの分布を電子顕微鏡解析を用いて調べたところ、軸索でのミトコンドリアの数は加齢により軸索で減少していた。そこで、加齢によるシナプスでのミトコンドリア欠乏により細胞内エネルギーATPが不足することが、神経軸索の脆弱性を増加させるという仮説を、ショウジョウバエをモデルとして検討した。脳神経細胞でのATP量が加齢に伴って変化するかを細胞内の様々な領域で検出するため、FRETを用いたATPのバイオセンサーを用いた。その結果、意外にも、加齢によって細胞体でのATP量は減少するが、軸索のATP量は減少しないことがわかり、通常の加齢においては、脳神経細胞の軸索では、ミトコンドリアの減少に関わらずATP量は維持されることが示された。一方、細胞体ではATPが加齢により減少することから、軸索と細胞体で異なるATP恒常性維持の仕組みがあることが示唆された。また、シナプス前終末からミトコンドリアの数を減少させたショウジョウバエの解析からは、アルツハイマー病などの疾患脳で見られるdense bodyに似た異常タンパク質の蓄積や小胞の異常が見出された。申請者らはミトコンドリアの局所的な欠乏が疾患関連タンパク質タウに対する脆弱性を増加させることを報告してきたが、この結果から、ミトコンドリアの欠乏がタウタンパク質の代謝を変化させることでその毒性を増加させ神経細胞死を促進することが考えられる。さらに、ミトコンドリアの局在がどのようにシナプスでのタンパク質代謝を制御するかのメカニズムを調べる予定である。本年度の研究成果は、以下に述べる学会での口頭発表として、また論文として発表された。
加齢に伴う細胞体でのATP量の減少についてそのメカニズムを調べる。ATP減少の原因としては、ミトコンドリア機能の減少、解糖系の活性の減少、グルコースの取り込みの減少、ATP消費の増加などが考えられるので、それらについて調べる。また、ミトコンドリアはカルシウム濃度の制御に重要な役割を果たす。ミトコンドリアの局所的な欠乏によるカルシウム恒常性の変化をリポーターによって調べ、その神経機能低下への関与を調べる。また、1年目に報告したように、転写因子ERRはミトコンドリアのシナプスからの欠乏に対して神経保護の役割を果たしていると考えられる。転写因子ERRがミトコンドリアの軸索からの減少に応じて活性化されることを示すため、その下流遺伝子の発現が変化するかをqRT-PCRによって調べる。また、この保護機能が、ミトコンドリアの欠乏によって起きる細胞内変化(ATP減少、カルシウムイオン恒常性の変化、タンパク質蓄積、小胞の異常)の中のいずれと相関しているかを調べる。
すべて 2016
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 2件)
Biochemical and Biophysical Research Communications
巻: 478 (2) ページ: 929-934
10.1016/j.bbrc.2016.08.053