研究課題/領域番号 |
15K06724
|
研究機関 | 沖縄科学技術大学院大学 |
研究代表者 |
杉山 陽子 (矢崎陽子) 沖縄科学技術大学院大学, 臨界期の神経メカニズム研究ユニット, 准教授 (00317512)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
|
キーワード | 聴覚 / 歌学習 / 情報処理 / 生得的行動 |
研究実績の概要 |
平成28年度は平成27年度までの研究をさらに深め、論文を発表するまでに至った進展の大きい年度であった。 平成27年度までに、キンカチョウの成鳥のオスの第一次聴覚野から電気生理学的記録を行い、第一次聴覚野にはキンカチョウの歌に生得的にコードされている種に特異的なテンポ情報と、生後の発達の中で獲得される個々の個体に特有の音響情報をそれぞれ情報処理する二種類の神経細胞群が存在することを明らかにした。またテンポ細胞群はキンカチョウの歌の生得的なテンポの特徴をコードしており、さらにキンカチョウ自身も行動学的に歌の音響構造(要素)は学習するものの、テンポは学習に因らず生得的に決まっていることを明らかにした。これらの結果からテンポ細胞はキンカチョウの歌のテンポを生得的にコードしており、歌学習時に自身の種の歌を認識するための役割があることが示唆された。以上を踏まえて平成28年度は、歌を学習している雛鳥でも同様に、第一次聴覚野から電気生理学的記録を行い、その聴覚応答を調べた。その結果、雛鳥の第一次聴覚野でも生育環境に因らずテンポ細胞はキンカチョウの歌の生得的なテンポの特徴に最もよく反応し、テンポ細胞の生理学的特徴は生得的に決定していること、テンポ細胞は他種のトリの歌には反応せず、キンカチョウの歌でも要素を変化させても反応し続けるのに対し、要素はそのままでもテンポを変化させると反応しなくなることを明らかにした。つまり、テンポ細胞はキンカチョウの種の特徴である歌のテンポを生得的にコードし、自身の種の歌を聞分け、これを学習することに役立っていると考えられた。これらの結果を全てまとめて論文として発表することができた(Araki et al, Science 2016)。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
申請時の研究計画は、キンカチョウの歌学習を用いて、聴覚経験に依存して神経回路が形成される時期、臨界期がどの様に制御されているのか研究を行うというものであった。しかし、本研究を行っていく中でキンカチョウの聴覚経路内に生得的な種の特異性という歌の情報を処理する神経細胞群が存在すること、この神経細胞群の生理学的特徴も生得的に決定していることがあきらかになった。これは本来の本研究の目的である、可塑的な神経回路形成のメカニズム、その臨界期のメカニズムを明らかにするという本来の目的と一見異なる結果に思えるが、本研究結果により生得的な神経回路と、経験に依存して形成される神経回路の二種類が存在することが明らかになったことにより、臨界期の形成メカニズムを明らかにするためには、どの神経回路の発達に注目すべきか明らかになったことである。また、今回得られた結果は種に固有の特徴を維持しながら個体に特有の歌を学習・発達させるメカニズムという基本的な生物学疑問を明らかにするものであり、臨界期に行われる歌学習の基本的な神経メカニズムが明らかになったものである。よって本結果を基に、そのさらに詳細な臨界期のメカニズムが明らかになることが期待できる。本来予想していなかった結果が導き出され、論文発表に結びついたことから計画以上に進展していると言える。
|
今後の研究の推進方策 |
これまでの研究で明らかになった、聴覚経路における2つの独立の神経回路を形態学的にも同定する。さらに、幼少期の歌学習において、これらの神経回路がどの様に形成・修飾されるのか明らかにすることで臨界期の神経メカニズムを明らかにしていく。特に、学習によって獲得する歌の音響学的特徴を処理する神経回路が聴覚経験によってどの様に形態的、生理学的に変化するのかを明らかにすることを進めていく。電気生理学的手法、形態学的手法を併せて用いることで生理学的機能から音響学的特徴を処理する神経回路であることを同定し、さらにこの神経回路における幼少期の聴覚経験に依存した形態的変化、生理学的特徴の変化を明らかにしていくことで、臨界期を制御する神経メカニズムを明らかにしていく。
|
次年度使用額が生じた理由 |
当初の計画より、新たな発見が見られたため、研究の計画に修正が必要であったため
|
次年度使用額の使用計画 |
平成29年度の研究において、実験に必要なしや苦闘の物品費として使用する。
|