研究課題
本研究課題は、申請者らが近年、小脳プルキンエ細胞で発見した、カルシウム(Ca2+)放出チャネルの一種、1型リアノジン受容体が一酸化窒素(NO)によるS-ニトロシル化を受け活性化することで起こる新規細胞内Ca2+放出機構、「NO依存的Ca2+放出(NICR)」に着目し、S-ニトロシル化を受けない変異型リアノジン受容体を発現するノックインマウスの発現型、及び酸化シグナルがNICRに及ぼす影響の解析により、この新規Ca2+放出機構の脳における機能的役割と調節機構を明らかにし、タンパク質のS-ニトロシル化/酸化修飾による神経機能制御機構の解明を進めるとともに、その破綻に起因する疾患の同定・予防・治療へと繋がる基礎的知見を得ることを目標に立案されたものである。平成27年度には、分子、細胞、シナプスレベルでのノックインマウスの表現型解析を行い、ノックインマウス小脳では、変異型リアノジン受容体のS-ニトロシル化とNICRが阻害され、さらに、小脳平行線維-プルキンエ細胞シナプスにおける可塑性の一種、長期増強(LTP)が阻害されることが示された。これらの結果を受け、平成28年度には、個体レベルでの解析を中心に、ノックインマウスの表現型解析をさらに進めた。その結果、ノックインマウスにおいて、ローターロッドテストによる運動学習阻害および瞬膜反射条件付けの消去学習の阻害が見られた。これらの結果は、1型リアノジン受容体のS-ニトロシル化、すなわちNICRが、個体レベルでの機能的役割の一部として、小脳依存的な学習に関与することを示唆するものである。さらに酸化シグナルによるNICR阻害機構の解析にも着手した。予備的な実験により、酸化シグナルによるNICRの阻害を示唆するデータが得られている。
2: おおむね順調に進展している
平成27年度には、NICRの機能的役割について、主に細胞・シナプスで明らかにするため、NICRに必要な3636位のシステインをアラニンに置換した変異型リアノジン受容体を発現するノックインマウス(以下、ノックインマウス)の表現型解析を行った。その結果、ビオチンスウィッチアッセイ法による変異型リアノジン受容体1のS-ニトロシル化阻害の確認、NOドナー(NOC7)および平行線維刺激により誘発されるプルキンエ細胞内でのNICRの阻害、小脳平行線維-プルキンエ細胞シナプスにおけるLTPの阻害が確認された。平成27年度に得られた結果を受け、ノックインマウスの解析については、平成28年度以降は個体レベルでの機能の解析を進めた。先ず、回転棒テストによりC3636Aマウスの運動協調能・運動学習能について調べたところ、有意な阻害が認められた。引き続き、より小脳の特異的関与が示唆されている運動学習の一種、瞬膜反射条件付け学習について、徳島文理大学・岸本泰司博士の協力を得て、解析を行った。その結果、ノックインマウスにおいては、瞬膜反射条件付け学習の記銘過程には異常が見られなかったが、消去過程、すなわち消去学習に阻害が認められた。これらの結果は、小脳LTDの瞬膜反射条件付け学習記銘過程への関与と、LTPによるLTDをリバースする作用から推測される、小脳LTPに阻害が見られるノックインマウスでは瞬膜反射条件付けの消去過程が阻害されるという予測と一致する。並行して、 酸化シグナルによるNO依存的Ca2+放出の阻害機構の解明にも着手した。現時点までに、小脳スライスを酸化試薬で前処理すると、プルキンエ細胞におけるNICRが阻害されると言うデータが得られている。
H28年度までの研究により明らかにしてきた、NO依存的Ca2+放出の小脳シナプス可塑性・小脳依存的な運動学習等への関与に加え、H29年度以降は、酸化シグナルによるNO依存的Ca2+放出の阻害とその分子機構及び老化への関与について解明を進める。酸化シグナルが、ジスルフィド化修飾の形成を介しS-ニトロシル化を阻害することで生体機能を阻害すること、及び加齢個体では内因性酸化シグナルによるジスルフィド化修飾形成がS-ニトロシル化の阻害を介して老化の原因になることを、以下の実験により明らかにする。①酸化試薬(過酸化水素等)前処理済みの若齢個体由来の小脳における1型リアノジン受容体(野生型)のNOによるS-ニトロシル化阻害を、SNOビオチンスウィッチアッセイ(還元剤としてアスコルビン酸を使用)を用いて、生化学的に確認する。②酸化試薬前処理済みの若齢個体由来小脳スライス標本におけるNO依存的Ca2+放出阻害をイメージング法により確認する。③酸化試薬前処理済みの若齢個体由来小脳内の1型リアノジン受容体におけるジスルフィド化修飾増加を、ジスルフィド化修飾を特異的に検出する生化学的手法(SSビオチンスウィッチアッセイ; 還元剤としてジチオスレイトール(DTT)を用いる)により確認する。④上記①~③の解析を酸化試薬前処理を行わない老齢個体由来の小脳サンプルでも行い、内因性酸化シグナルによるNO依存的Ca2+放出の阻害機構と老化への関与を明らかにする。
本年度は、遺伝子変異個体の運動学習の解析に、多数の個体の使用を予定していたため、繁殖、動物の運搬、解析に要する費用、及び研究打合せのための旅費を多めに計上していたが、共同研究者の協力を得ることが出来て、効率よく実験を進めることが出来たために、いずれの経費も当初の予定よりも少額で結果を得ることが出来たため、次年度使用額が生じた。
平成29年度は、活性酸素が一酸化窒素依存的カルシウム放出に及ぼす影響について、分子、細胞レベルを中心に解析を進める。このため、生化学的実験、イメージング実験に用いる試薬類、及び実験に用いる動物の繁殖・維持のための経費を計上した。
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