中枢に高発現するメラニン凝集ホルモン (MCH) 受容体MCHR1は摂食・情動・睡眠に関与するGPCRである。神経細胞において、MCHR1は通常の細胞膜ではなく、特殊なセンサー器官である1次繊毛膜に選択的に局在するという報告がある。1次繊毛機能の攪乱は肥満を含む繊毛病の原因となること、MCH-MCHR1系は摂食調節に深く関連することから、私たちは繊毛局在型MCHR1を介したシグナル系の解析及びその生理的意義についての研究を行っている。これまでRPE1モデル細胞を用いることにより、MCHの新たな生物学的効果-MCHによるGi/o-Akt-GSK3bを介した1次繊毛長縮退現象-を見出し、縮退に伴う細胞骨格系の動態解析やタイムラプス観察も行ってきた。今年度は以下の成果を得た:①MCHR1を高発現したRPE1細胞を用いたRNAseq-siRNA実験により、MCHR1を介した繊毛縮退に直接的に関与する複数の候補分子を得た。②MCHRを介した繊毛縮退現象はモデル細胞だけではない。MCHR1が繊毛に内在性に発現する海馬スライス培養系及び初代神経細胞においても、ナノモルMCHにより繊毛縮退を起こす。③昨年度開発した繊毛局在型MCHR1を明瞭に検出できる免疫組織化学法を用いて、海馬CA1に発現する繊毛局在型MCHR1が抗うつ様行動に関与する可能性を見出した。更に、絶食及び高脂肪食慢性投与実験を行い、エネルギー代謝変化と繊毛局在型MCHR1長の関連を強く示唆する結果を得た。培養細胞モデル系から個体に到るまでの様々なシステムを取り入れた本研究は、1次繊毛という「場」におけるMCHR1の機能及び摂食・情動のメカニズム解明に新しい視点をもたらすと考えられる。
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