研究課題
平成27年度の研究実績の概要に記したように、研究費申請後に、HGC-20という、スキルス胃がん患者由来の腫瘍移植系(PDX)を樹立した。このHGC-20は、マウス皮下に移植するとコラーゲン線維に富むスキルス型の腫瘍を形成する。従って、スキルス胃がん形成にはがん幹細胞関連線維芽細胞(CAF)は必ずしも重要ではないことが明らかになった。そこで、胃がん幹細胞とCAFとの相互作用を解析する実験は中止し、HGC-20 PDX細胞から得られるがん幹細胞を用いて、スキルス胃がん幹細胞をターゲットとする薬剤のスクリーニングを行った。その結果、胃がん患者の治療に使われていない分子標的薬の中に、HGC-20胃がん幹細胞の増殖を特異的に抑制する薬剤があることを見出した。この分子標的薬処理により、スキルス胃癌の増殖は、試験管内だけでなく生体内でも抑制された。更に、この分子標的薬によって抑制される情報伝達系が強く発現されているスキルス胃がん患者の予後が有意に悪いことが明らかになった。これは、この情報伝達系が、スキルス胃がんの進展に重要な役割を果たしていることを示している。よって、この分子標的薬はスキルス胃癌の治療に有効である可能性が高いと考えられる。また、ヒト正常(非腫瘍)胃上皮細胞の初代培養系を確立して、正常胃上皮細胞の増殖はこの分子標的薬で抑制されないが、前がん状態になると細胞増殖が抑制されるようになり、前がん状態になった胃上皮幹細胞の一部がスキルス胃がん幹細胞になるという考えを検証できるようにした。
1: 当初の計画以上に進展している
当初はがん関連線維芽細胞(CAF)を用いた実験系を計画していたが、HGC-20という新規の患者由来の腫瘍移植系(PDX)を樹立した結果、CAFがスキルス胃がん形成に必ずしも必要でないことがわかった。そこで、HGC-20のがん幹細胞を用いた実験を進めた結果、胃がん患者の治療に使われていない分子標的薬の中に、HGC-20胃がん幹細胞の増殖を特異的に抑制する薬剤があることを見出した。この分子標的薬はスキルス胃癌の増殖を、試験管内だけでなく生体内でも抑制した。更に、この分子標的薬によって抑制される情報伝達系が強く発現されているスキルス胃がん患者の予後が有意に悪いことが明らかになった。これは、この情報伝達系が、スキルス胃がんの進展に重要な役割を果たしていることを示している。よって、この分子標的薬はスキルス胃癌の治療に有効である可能性が高いと考えられる。当初の計画では、平成28年以降に、スキルス胃がん形成を抑制する低分子化合物を検索・同定することになっていた。しかし、これまでに、そのような化合物を同定しただけでなく、その作用機構の解析も開始した。よって、当初の計画以上に研究が進展していると結論して問題ないと考えている。
今回我々は、スキルス胃がん幹細胞の増殖を特異的に抑制する分子標的薬を同定したが、胃がん形成のどの段階で、この分子標的薬が作用するようになるのかは全く不明である。胃がん形成のどの段階でこの薬剤が作用するようになるかを明らかにすれば、胃がん形成機構が解明できるのではと期待される。また、その機構が解明されれば、スキルス胃がん形成の予防方法が見つかる可能性がある。最近、ヒト正常(非腫瘍)胃上皮細胞の培養が可能となった。胃がんの手術の際には、胃がん周辺の非腫瘍胃粘膜も摘出される。そこで、これらの非腫瘍胃粘膜を用いて非腫瘍胃上皮幹細胞を単離し、その増殖制御機構を明らかにする研究を始めた。これまでの予備的な実験の結果、非腫瘍胃上皮幹細胞は、我々の初代培養系で増殖すること、また我々がこれまでに同定した分子標的薬が、非腫瘍胃上皮幹細胞の増殖を抑制する場合と、全く抑制しない場合があることが明らかになった。これは、正常胃上皮細胞の増殖はこの分子標的薬で抑制されないが、前がん状態になると細胞増殖が抑制されるようになり、前がん状態になった胃上皮幹細胞の一部がスキルス胃がん幹細胞になるという仮説で説明できる。またもしこの仮説が正しい場合は、我々が同定した分子標的薬は、スキルス胃がんの予防に使用できるという可能性がある。これらの仮説が正しいかどうか、検討を進める。
実験で使用した試薬の納入価格が、想定していた金額よりも安価であったため。
試薬の納入価格を正確に調査することにより、次年度使用額が生じないようにしたい。
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Sci. Rep.
巻: 6 ページ: 27044
10.1262/jrd.2016-005
J. Reprod. Develop.
巻: 62 ページ: 479-486