研究課題
平成28年度の研究実績の概要に記したように、研究費申請後にHGC-20というスキルス胃がん患者由来の腫瘍移植系(PDX)を樹立した。このHGC-20細胞は、マウス皮下に移植するとコラーゲン線維に富むスキルス型の腫瘍を形成する。従って、スキルス胃がん形成にはがん幹細胞関連線維芽細胞(CAF)は必ずしも重要ではないことが明らかになった。そこで、胃がん幹細胞とCAFとの相互作用を解析する実験は中止し、HGC-20 細胞から得られるがん幹細胞を用いて、スキルス胃がん幹細胞の治療に有効な薬剤を検討している。検討の結果、HGC-20細胞はスキルス胃がんから樹立された細胞株よりも、抗がん剤に強い抵抗性を示すことが明らかになった。HGC-20細胞で発現している薬剤抵抗関連遺伝子を同定し、これを用いて、胃がんで発現されている遺伝子をクラスター解析した結果、スキルス胃がんは二つのクラスターに分類できること、クラスターIの腫瘍は正常胃上皮から直接形成されるが、クラスターIIの腫瘍は分化型胃がんから形成されることが示された。HGC-20 細胞はクラスターIIに含まれること、突然変異が多いMSI型の腫瘍はクラスターIIに数含まれること、も明らかになった。突然変異が多い腫瘍は免疫チェックポイント阻害剤に反応することが知られている。スキルス胃がんの一部は、我々が昨年度に同定した分子標的薬だけでなく、免疫チェックポイント阻害剤にも反応することが予想される。これまで、ヒトスキルス胃がんは突然変異が少ないため、免疫チェックポイント阻害剤は有効ではないと考えられてきた。我々の研究により、一部のスキルス胃がんの治療には免疫チェックポイント阻害剤が有効であることが示唆された。これは胃がんの治療に大きく貢献する知見であると考えている。
1: 当初の計画以上に進展している
当初はがん関連線維芽細胞(CAF)を用いた実験系を計画していたが、HGC-20という新しい(患者由来の腫瘍移植系)PDXを樹立した結果、CAFがスキルス胃がん形成に必ずしも必要でないことがわかった。そこで平成28年度には、HGC-20細胞の増殖を抑制する薬剤をスクリーニングする実験を進めた。その結果、胃がん患者の治療に使われていない分子標的薬の中に、スキルス胃がん幹細胞の増殖を特異的に抑制する薬剤があることを見出した。平成29年度には、視点を変えて、スキルス胃がん幹細胞は細胞株よりも抗がん剤に抵抗性が高いことを利用して、発現遺伝子のクラスター解析により、腫瘍の分類を試みた。腫瘍は単一ではなく、薬剤に高感受性である腫瘍と、抵抗性である腫瘍があるが、その分類を遺伝子発現の面から追究した。その結果、スキルス胃がんは、形成過程の異なる2種類に分類できること、一部のスキルス胃がんは突然変異が多いMSI型であること、そのような腫瘍の治療には、免疫チェックポイント阻害剤が有効であることが示唆された。当初の計画では、平成28年以降に、スキルス胃がん形成を抑制する低分子化合物を検索・同定することになっていた。しかし、これまでに、そのような化合物を同定しただけでなく、全く別の作用機構を持つ抗がん剤が、スキルス胃がんの治療に有効であることを示す結果が得られた。よって、当初の計画以上に研究が進展していると結論して問題ないと考えている。
現在、スキルス胃がん幹細胞の増殖を特異的に抑制する薬剤を同定したという研究を発表しようと努力している。既に一度原稿を投稿したが、追加すべき実験があるというコメントが送られてきたので、その実験を準備しているところである。これまでスキルス胃がんの治療には、我々が同定した薬剤は使われてこなかった。これらの薬剤は、既に他の腫瘍の治療には使用されているので、実際の胃がんの治療に使用することは困難ではない。臨床医との共同研究により、我々が同定した薬剤が治療に有効であることが示されることを期待している。今回の一連の実験により、ヒトのPDX細胞を用いた解析が、新規の抗がん剤の同定に非常に有用であることが明らかになった。ヒトの胃がんは、日本では早期癌の段階で見つかる可能性が高く、手術になった場合の5年生存率は65%、10年生存率も60%に達している。一方で、膵臓癌は5年生存率が10%未満と、治療困難である状況が続いている。また、胆嚢癌も5年生存率は20%程度であり、改善が必要である。これは、これらの癌を早期に見つけることが困難であることが原因であるが、その治療に有用な薬剤の開発が遅れていることも原因の一つである。今後は、スキルス胃がんでの経験を生かして、膵臓癌や胆嚢癌のPDXを作成し、膵がん幹細胞や胆嚢癌幹細胞の初代培養系を樹立して、これらの癌幹細胞の増殖を抑制する薬剤の検討を行い、膵臓癌や胆嚢癌の治療に貢献したいと考えている。
現在論文投稿中で、追加実験が必要となる可能性が高いため、そのための費用を残した。実際に、これを使用して追加実験を行っている最中である。
すべて 2017 その他
すべて 国際共同研究 (1件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件) 図書 (1件)