研究課題/領域番号 |
15K06844
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
松田 裕之 日本大学, 医学部, 助教 (10646037)
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研究期間 (年度) |
2015-10-21 – 2018-03-31
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キーワード | HCaRG / COMMD5 / 腎細胞癌 / EGFR / 尿細管上皮細胞 / 間葉上皮移行 |
研究実績の概要 |
糖尿病や高血圧症といった生活習慣病は、心臓や腎臓といった臓器の障害を引き起こすだけでなく、腎癌の独立した危険因子であることが報告されている。しかし、なぜ生活習慣病が癌を引き起こすのか、明確な成因はまだ明らかになっていない。 Hypertension-related, calcium-regulated gene(HCaRG/COMMD5)は腎臓の近位尿細管に発現しており、細胞の増殖・分化などに関与している。我々はこれまでに、HCaRGがp21の発現誘導を介し、障害を受け脱分化した尿細管上皮細胞の再分化を促進させ、急性腎障害後の尿細管の修復を促進し、生存率を改善させる事を報告してきた。 本研究では、HCaRGと腎細胞癌の発生・進展・予後や生活習慣病などの患者背景との因果関係を明らかにするために、本学付属病院で淡明細胞型腎細胞癌の摘出手術を受けた患者117名の病理組織標本を用いて、腎細胞癌と隣接する正常の腎組織におけるHCaRGの発現レベルを免疫染色法にて検討した。HCaRGの発現は、正常の近位尿細管に比べて腎細胞癌で低下していた。さらに、正常の近位尿細管でHCaRGが高い患者では、発現が低い患者に比べて腫瘍径は小さく、疾患特異的5年生存率も有意に改善していた。 そこで、近位尿細管に発現したHCaRGに、腫瘍抑制効果があるのかどうかを検討した。Western blot法を用いて、尿細管培養細胞の培養上清中のHCaRGタンパクを確認した。さらに、培養上清中に分泌されたHCaRGが、腎細胞癌の癌幹細胞性を抑制することを明らかにした。 以上より、尿細管から分泌されたHCaRGは、腫瘍抑制効果を持っており、新たな腎細胞癌の再発リスクや予後の予測因子となる可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
採用年度には、1997年~2006年までに本学付属病院で淡明細胞型腎細胞癌の摘出手術を受けた患者の病理組織標本を集め、HCaRGの免疫染色を開始した。本年度中に、患者117名の染色を終え、腎細胞癌と近接する正常近位尿細管におけるHCaRGの発現レベルについて4段階に分けて半定量を行った。また、診療録より、腎細胞癌診断時の主訴・初期症状、最大腫瘍径、TMN分類、Fuhrman分類、腎機能、既往歴(高血圧症、糖尿病、脂質異常症)、肥満、嗜好(アルコール、タバコ)、服薬歴、手術後の転帰を抽出した。HCaRGは正常近位尿細管に比べて腎細胞癌で発現が低下していた。また、近位尿細管においてHCaRGの発現が高い患者では、発現が低い患者に比べて腎細胞癌は小さく、悪性度も低く、5年生存率も有意に高かった。腎蔵病の既往のある患者では正常尿細管におけるHCaRGの発現が低く、腫瘍系は大きい傾向にあった。しかし、糖尿病や高血圧症といった生活習慣病の患者と非生活習慣病の患者では、腫瘍径や予後に明らかな差は認められなかった。 我々はこれまでに、腎細胞癌細胞株にHCaRGを導入すると、EGFRやHER2が不活性化され、癌細胞の増殖が抑制されることを明らかにしてきた。今回、尿細管細胞から培養液中に分泌されたHCaRGが、腎細胞癌細胞のEGFRを抑制し、癌細胞の増殖を抑制することを明らかにした。さらに、この分泌されたHCaRGは、癌の維持に重要な癌の幹細胞性を失わせることを明らかにした。現在、化学発癌モデルマウスの作製を試みているが、発癌は確認できていない。これらの結果より、腎細胞癌の発生や進展抑制には正常近位尿細管から分泌されたHCaRGが、深く関わっている可能性が示唆された。これらの研究結果の一部については、現在専門誌に論文を投稿中である。
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今後の研究の推進方策 |
これまでに、EGFR、HER2、ErbB3などのErbB受容体は腎細胞癌の進展や予後の悪化因子として報告されている。我々のこれまでの検討において、近位尿細管から分泌されたHCaRGは、腎細胞癌細胞のEGFRやErbB3の発現を抑制し、癌細胞の増殖を抑制することが明らかになった。そこで、HCaRGの免疫染色を行った淡明細胞型腎細胞癌患者の病理検体を用いて、EGFRの免疫染色を行った。今後、腎細胞癌におけるEGFRの発現量や発現パターンを解析し、尿細管から分泌されたHCaRGが、実際のヒトの腎細胞癌でもEGFRを抑制しているのかどうかを検討する。そして、腎細胞癌の腫瘍の発生や進展メカニズムを明らかにする。また、モントリオール大学から授受されたHCaRG高発現遺伝子改変マウスを用いて、鉄ニトリロ三酢酸の長期腹腔内反復投与にて腎細胞癌の発癌誘導を試みている。さらに、このHCaRG高発現遺伝子改変マウスの腎皮膜下にマウス腎癌細胞株を移植したモデルを作製し、腫瘍の進展を観察する。これらの実験により、正常近位尿細管保護し、HCaRGの発現を高めることで、癌発生を予防できるのかどうかを明らかにする予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
現在、モントリオール大学から授受されたHCaRG高発現遺伝子改変マウスを用いて、鉄ニトリロ三酢酸の長期腹腔内反復投与にて腎細胞癌の発癌誘導を試みている。しかし、当初の計画よりHCaRG高発現遺伝子改変マウスの繁殖に時間がかかり、鉄ニトリロ三酢酸を用いた発癌モデルがまだ確立されておらず、本実験に移行できていないため次年度使用額が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
当初の鉄ニトリロ三酢酸を用いた発癌モデルに加えて、HCaRG高発現遺伝子改変マウスの腎皮膜下にマウス腎癌細胞株を移植したモデルを作製し、腫瘍の進展を観察する予定である。そこで、翌年度分として請求した助成金と合わせて実験動物の飼育、及び発癌モデル動物の免疫組織や遺伝子発現を解析するために必要な消耗品の購入等に充てる。
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