研究課題
漿液性卵巣がんでは、しばしば悪性腹水(がん細胞を含む腹水)が貯留するが、その発生機構はいまだ不明であり、有効な治療法はない。本研究では、悪性腹水の原因療法開発を目指し、腹水貯留の病態解明のための基礎研究を行う。国内外のこれまでの研究により、悪性腹水産生に重要な接着因子やシグナル伝達系が限定的に明らかになっている。本研究では、患者腹水細胞の1細胞発現解析を行い、その構成細胞であるがん細胞・炎症細胞・中皮細胞の、それぞれの細胞間相互作用ならびに細胞内パスウェイ異常を網羅的に明らかにする。本研究の成果は、原因療法の開発へ直接応用できると期待される。本研究では、悪性腹水貯留の病態解明を目指し、患者腹水細胞の1細胞発現解析を行い、がん細胞・炎症細胞・中皮細胞の、それぞれの細胞間相互作用ならびに細胞内パスウェイ異常、がん細胞における体細胞変異を網羅的に明らかにする。以下のように研究を進める。(1) 各症例から得られた腹水細胞の1細胞発現解析を行う。(1-a) 既存の検体移送・収集システムを活用し、手術ならびに腹水検体を収集・保管する。(1-b) 1細胞解析により、細胞種をタイピングし、細胞間相互作用・パスウェイ活性を定量する。(1-c) 複数症例の臨床情報と照合し、腹水量や予後など種々の臨床情報との相関解析を行う。(2) 多数検体の免疫染色等を行い、腹水貯留に重要な細胞間相互作用やパスウェイを実証する。平成27年度は検体収集を精力的に行い、57検体の腹水細胞を収集した。そのうち10検体を特に腫瘍細胞の細胞分散の条件設定に用いた。種々の分散酵素と条件を検討し、最適な条件を決めることができた。
2: おおむね順調に進展している
各症例から得られた腹水細胞の1細胞発現解析を行うために、以下の点で進捗があった。第1に既存の検体収集システムを活用し、手術ならびに腹水検体を収集・保管した。本研究では、良質な臨床情報の付随した新鮮な腹水検体が必要である。現在、本研究の研究分担者であるがん研有明病院婦人科・加藤と細胞診断部・杉山と共同で、卵巣がんのバイオマーカー/分子標的の探索研究を行っている。この既存研究のために検体および臨床情報の収集保管システムは既に整備されているので、本研究でもそれを活用し、検体および臨床情報を収集・保管する。手術時の残存腫瘍確認の際、および腹水貯留症状の緩和目的で腹腔穿刺を行う際に採取され、細胞診断に必要な量を取った後の残余腹水を利活用する。腫瘍細胞が腹水細胞の30%以上を占める良質な検体を57検体収集することができた。また1細胞発現解析におけるマーカー解析と比較する目的で、収集した腹水細胞は直ちにパパニコロー染色を行い、形態学的に各細胞種の含有率を調べた。必要に応じ、がん細胞におけるEpCAM, CA125等各種マーカーの免疫染色を行い、形態学的な分類結果と照合・確認した。第2に1細胞のRNA-seqライブラリを作成するため、患者腹水細胞の1細胞分散条件検討を行った。腹水中の漿液性卵巣がん細胞は集塊を作っていることが多いので、がん細胞の分散条件を決定する必要があった。10症例の腹水を用いて、分散条件(トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼなど細胞分散用酵素とその処理時間)を検討する目的で、トリパンブルー染色を用いた生細胞数計測、分散処理後の細胞からバルクで抽出したRNAのバイオアナライザ解析を行った。
今後は、まず前増幅条件の決定を行う。分散処理後の細胞のうち、1腹水検体当たり96細胞を用いて、フリューダイム社C1シングルセルmRNAシーケンシングシステムにより、RNA抽出→逆転写→ライブラリ作成前増幅を行う。前増幅したcDNAは、バイオアナライザで泳動し、ピークが700〜1500にくること、ブロードに産物が分布することを確認する。この条件が決定されれば、1細胞発現解析による細胞種・細胞間相互作用・パスウェイ活性の定量的解析を推進する。以下の情報解析を行う。①RNA-seqデータの情報解析前処理として、出力データはCufflinksを用いて発現量に変換後、1症例当たり96細胞分のトランスクリプトームデータを20症例分集積・編纂し、必要に応じ正規化を行う。②細胞種タイピングとしてがん細胞のEpCAM, Tリンパ球のCD3など既知のマーカーにより細胞種をタイピングする。必要に応じ、Gene Expression Omnibusなどの公開データベース中にある、種々の正常細胞の発現データを遺伝子署名として活用する。③細胞間相互作用・パスウェイ解析・がん細胞における体細胞変異の検出として、pTARGETなどの細胞内局在予測ツール及びBioGRIDなどのタンパク質間相互作用データベースを組み合わせて利用し、リガンド—受容体関係にある遺伝子を抽出し、各細胞における発現パターンと照合する。パスウェイ解析にはss-GSEAを用いる。COSMICなどのがん体細胞変異データベースを用いて、がん細胞由来mRNA中の体細胞変異を同定する。
購入を予定していた試薬の納入時期が遅れ、試薬の購入を中止したために差額が生じた。
新年度に購入することで対応する。
すべて 2016 2015
すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 3件、 査読あり 5件、 謝辞記載あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (1件) (うち招待講演 1件)
Am J Pathol.
巻: 186 ページ: 1103-13
10.1016/j.ajpath.2015.12.029.
Carcinogenesis
巻: 0 ページ: 0
Exp Hematol Oncol.
巻: 5 ページ: 2
doi: 10.1186/s40164-016-0032-7
Cancer Sci.
巻: 106 ページ: 475-9
doi: 10.1111/cas.12625
Mol Oncol.
巻: 9 ページ: 889-905
doi: 10.1016/j.molonc.2015.01.002.