研究課題/領域番号 |
15K06906
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研究機関 | 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構(新領域融合研究センター及びライフサイ |
研究代表者 |
鹿児島 浩 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構(新領域融合研究センター及びライフサイ, 新領域融合研究センター, 融合プロジェクト特任研究員 (00550063)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | ミトコンドリアゲノム / 緩歩動物門 / 南極 / 凍結耐性 / 乾燥耐性 |
研究実績の概要 |
乾燥・凍結に耐性を持つ南極クマムシActuncus antarcticusのゲノム解析を開始し、現在までにミトコンドリア全長配列(14,421 bp)のアセンブルを完成させた。 この結果、A. antarcticusのミトコンドリアゲノムのGC含量は30.3%で、13個のタンパク質遺伝子、22個のtRNA、2個のrRNAをコードすることが判明した。全長サイズや、AT含量、遺伝子数に加え、tRNAの二次構造などは、近縁の生物に類似していた。 配列を細かく調べると、ミトコンドリアゲノムの一方の鎖(N鎖)のタンパク質をコードする遺伝子の3文字目のコドンの塩基は、AよりTを、CよりGを多く持つ傾向にあり、これはミトコンドリアのゲノム複製が非対称であり、N鎖ではDNA複製が遅れて始まることに起因することが示唆された。また、タンパク質をコードする遺伝子のコドン2文字目はTである頻度が高かった。これは2文字目がTであるコドンがコードするアミノ酸はPhe, Leu, Ile, Met, Valなどの疎水性アミノ酸であり、疎水的環境であるミトコンドリア膜で機能するため、疎水性アミノ酸の使用頻度が高くなったことが原因と推察される。 ミトコンドリアの全タンパク質のアミノ酸配列から作成した系統樹は、これまでに18S rRNA配列や、形態解析から推定されたものと良く一致していた。一方、ミトコンドリア遺伝子の並び順・方向からは、近縁であるHypsibiusより遠縁であるThuliniaの方が近いように見えたが、これはHypsibius属でのみ遺伝子再構成が起こった可能性が示唆された。 現在、以上の内容について論文化を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
クマムシゲノムの解析は、イルミナ社のHiSeq2500を用い、平均リード長541 bp、1.15億リードの解析(総塩基数: 28.9 Gb)を行った。しかし、この際、大きな問題となったのは、細菌ゲノム配列の混入であった。細菌に由来すると考えられる配列を除いたデータを用いた場合のscaffold数は6,348、最大scaffoldは400 kb、scaffoldのN50が72.4 kbという結果となった。本計画では、この生物が持つ遺伝子セット、および転写産物の全貌をつかむためのドラフトゲノムの完成を目指していたので、この結果は全く満足行くものではない。 南極クマムシを大量に得るためにもっとも効率が良かった飼育法は、コケから抽出されたシアノバクテリア、緑藻を含む、微生物の混合物を餌にして育てることであった。当然、ゲノム抽出の前に、クマムシをよく洗浄し、絶食させることで腸内のバクテリアを除いたが、それが十分ではなかったものと思われる。 混入していた細菌のゲノム配列は、Janthinobacterium属や、Pseudomonas属、特に南極環境に生息する細菌の配列に類似しており、これらの混入細菌は実験室環境に由来するものではなく、南極環境を模した飼育環境に由来することが考えられた。 別種のクマムシゲノムの解析では、Boothbyらによって、Hypsibius dujardiniのゲノムのうち、約1/6が遺伝子の水平伝播に起因するという論文が提出されたが(2015, PNAS 112: 15976)、その後、Koutsovoulosらによって、この結果は最近ゲノムの混入による誤りではないかとする論文が発表された(2016, doi: 10.1073/pnas.1600338113)。これは、クマムシゲノムの解析の困難さを示すと言えよう。
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今後の研究の推進方策 |
今回の最大の問題はクマムシゲノム配列解析の中に混在した細菌に由来する配列であった。この問題を解消するためにクマムシの無菌化と餌となる細菌の単離を行った。クマムシの無菌化のためには、各種の抗生物質、アルカリ、次亜塩素酸などの処理を検討し、クマムシ卵は生存し真菌や細菌などは死滅するような条件を見つけた。また餌となるシアノ細菌の分離もこれと平行して行い、複数の単離株を樹立した。現在これらを組み合わせて、二者培養を進めている。この方法により、ゲノム解析中から、多数の細菌に由来する配列はほぼなくなることが期待できる。さらに餌に細かい粒状のシアノ細菌を使う事で、クマムシを洗浄する際に、藻類や菌糸などがクマムシの体に付着したり、塊になってフィルターに残ってしまう問題も解決出来る。以上により、大量に、純粋にクマムシだけを集めることが可能となると考えている。これによって得られた長鎖ゲノムDNAは、イルミナ社のHiSeqによる解析だけではなく、PacBio社のRSIIによる解析、さらにFosmidの構築にも用いて、信頼出来るゲノムの作成を進める。 南極クマムシのゲノム解析は、本研究計画の中で最も時間がかかると考え先行させていたが、今後はこれまで行って来た南極線虫Panagrolaimus davidiの乾燥・凍結耐性遺伝子の候補遺伝子LEAの解析を積極的に進める。具体的には、精製タンパク質を用いた生化学的(in vitro)解析と、C. elegansへの遺伝子導入による生体内(in vivo)解析との両面からの機能解析によって、タンパク質や脂質二重膜の保護機能や凍結耐性などに関与する可能性を調べる。C. elegansでのLEA遺伝子の強制発現のためのコンストラクトや、LEAタンパク精製のためのコンストラクトの作成、さらに一部のLEAタンパク質の精製は終了しており、当初の予定に沿って計画を進めて行く。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究が科研費に採択が決定される以前(2014年度)に、「南極クマムシのゲノム解析」が、情報・システム研究機構の機構長裁量経費による支援課題として採択され、その財源で購入した試薬等を使用したため、今年度開始当初に予定していた科研費での試薬類の購入を行わなかった。 しかし、これによって解析した南極クマムシのゲノム配列には細菌配列が混入していたため、計画していた配列情報を十分に得る事ができず、2015年の夏に再解析が必要であることが判明した。ゲノムDNAの再調整が短期間に終了すれば2015年度中に予算使用が出来たのだが、残念ながら南極生物の増殖には長い時間がかかるため、2016年度に必要となる再解析用の試薬の購入のために持ち越すことにした。この再解析のためには、科研費による支援は必須である。
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次年度使用額の使用計画 |
初回の解析では残念ながら南極クマムシのドラフトゲノムを得るレベルにまで達することができなかったため、今年度、再度サンプルの調整を行い、第二回目のゲノム解析を進めるために、昨年度の科研費予算を使用する予定である。また、この際、イルミナ社のHiSeqに加えて、PacBio社のSRII、Fosmidの構築と末端配列の決定のためにも使用し、より高精度なゲノム配列情報を得る計画である。
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