研究課題
ヒ素の慢性曝露では様々なエピジェネティック変異が起こり、肺がん、皮膚がんなどの重篤な疾患の原因となるが、胎児期ヒ素曝露が胎児に与える影響の詳細は明らかではない。我々は、すでにパキスタンの高ヒ素曝露地域から採取された臍帯血DNAの肺がん関連遺伝子にメチル化が高い個体を見出した。本研究では、胎児期慢性ヒ素曝露の影響を調べるために、ヒ素曝露量の異なる臍帯血と臍帯血由来CD34陽性細胞から得られたDNAのメチル化解析を行い、ヒ素の胎児期曝露がエピゲノムに与える影響の詳細を明らかにする。さらにこの結果から、ヒ素曝露の標的となる遺伝子の探索を行い、ES 細胞の分化系を用い、ヒト検体では解析が困難なヒストン修飾や微細なエピゲノム変異の詳細を実験的に明らかにすることを目的とする。これまでに、自ら樹立したマウスES細胞へのヒ素暴露実験を行ってきた。マウスES細胞のヒ素への耐性は従来報告されているものと大差なかった。しかし、複数の細胞株でのアッセイを行ってみたところ、一部の細胞でよりヒ素への感受性が高いことが見出された。より正確な比較を行うために、同時期に同腹の胚から樹立したES細胞を用いた解析を行うことを目的に、新規ES細胞株の樹立を行った。C57BL/6N系統雌から、同時に7個体の胚盤胞期胚を回収し、独立した6ラインのES細胞の樹立出来た。この内、2ラインはオス由来のものであり、残りはメス由来のものであることが明らかになった。現在、個体間でのヒ素への耐性の違いが何によるかを明らかにするために、雌雄間での違いや、継代数の違いなど複数の観点からの比較を行っている。ヒト検体を用いた解析においては、ヒ素暴露量と標的遺伝子群のメチル化には明瞭な相関を得ることが出来なかったので、解析の対象となる検体の再検討を行っている。
3: やや遅れている
本研究計画においては、ES細胞を用いた実験的解析と疫学検体とを用いた二面的な解析を行うことが計画されている。本研究計画以前にパキスタンにおいて収集されたヒト検体を用い、複数の標的遺伝子群に関してDNAメチル化の解析を行ってきた。標的遺伝子群としては、砒素により誘起された肺がんに特異的なDNAメチル化の変化を引き起こすことが知られているものを用いた。この解析により、臍帯血特異的に上記遺伝子群のDNAメチル化に変化のある個体が確認されているが、ヒ素暴露量との明瞭な相関は得られなかった。更に個体数を増やすことで、砒素暴露と標的遺伝子群のDNAメチル化との相関を明らかにするために、現在、パキスタンで回収された検体のなかから、母体血と臍帯血中のヒ素濃度の高い母子の選定作業を行っている。解析に必要な母体抹消血、臍帯血、胎盤由来のDNAサンプルに関してはすでに入手済みである。また、CD34陽性細胞の回収に関しては、パキスタンでの検体数や検体の状況に関して確認作業を行っているが、現時点で正確な情報が得られていない。ES細胞を用いた細胞生物学敵解析においては、OP9を用いた血球分化系を利用することを計画していたが、その前に、複数の未分化ES細胞株での砒素耐性を調べた所、細胞株によって耐性に違いがあることを見出したので、こちらの分子メカニズムを明らかにすることを先行させることで、早期に論文として公表できるデータを得ることを急いでいる。先行研究によると、砒素暴露はMAPK経路を阻害することにより細胞死を引き起こすことが報告されているが、一方で、ES細胞株の種類によってはMAPK経路の活性化状態に違いがあるとの報告もあり、重要な知見が得られると考えている。
今後もES細胞を用いた細胞生物学敵解析と、ヒト疫学検体を用いた解析との両面からの解析を進めていく。ヒト検体の解析に関しては、パキスタン側の情報を得た後に解析する母子の確定を行い、DNAメチル化解析を行う。DNAメチル化解析には本学共同利用設備であるパイロシークエンサーを使用する。また、砒素暴露によってDNAメチル化に特に重大な変化を示す検体を見出した場合には、外部業者への研究受託によってマイクロアレイを用いた網羅的解析を行い、ゲノムレベルでの変化について調べる。マウスES細胞株を用いた解析では、細胞株間の耐性の違いに注目した解析をすすめる。解析をすすめる上では、先行研究からMAPK経路の活性の違いが関与していることが予想されるので、ウェスタンブロット等を用いた生化学的解析とリアルタイムPCRによる発現解析を中心に研究をすすめる。昨年度予定していたOP9細胞株を用いた血球への組織特異的な分化系についても、検討を行うことを予定している。
年度末近くに、マイクロアレイ解析の外部への依頼を検討していたが、提出用サンプルの到着と選定が遅れたために、費用として使用する予定だった研究費を使用することが出来なかった。
昨年度はサンプルが間に合わなかったために断念したが、継続して研究課題を進めているので、本年度内に使用する。
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Rev. Environ. Health.
巻: 31(1) ページ: 33-35
10.1515/reveh-2015-0046