研究課題
細胞内タンパク質の機能,寿命,品質を管理する上で,細胞内タンパク質分解のシステムは重要である.真核生物のミトコンドリアや細菌細胞質においてこの機能を担うのは主に,Lonプロテアーゼである.本研究者はこれまでに,腸内細菌化細菌のLonが,「レドックススイッチ」をもつことを発見している.すなわち,Lon分子表面のアロステリックジスルフィド結合が,腸内・腸外の酸化還元(レドックス)環境の違いを感知して結合・解離し,分解産物ペプチドの放出口のサイズを制御する.その結果,細胞内プロテオリシスのレベルが腸内外それぞれの環境に最適化される.腸内細菌化細菌は,このスイッチをもつ事で,宿主間の高い伝染性が保証されている.本研究はこの新規のメカニズムの詳細を解明することを目的としている.2016年度は,大腸菌LonのX線結晶構造解析を行なった.その結果,ヌクレオチド結合部位等を変異したアポ型Lonの結晶構造を決定することができた.この構造は,従来知られる6量体リング状のLonの形状とは異なっており,電子顕微鏡観察の結果と合わせ,細胞内において通常とりうる不活性型の形状であることが示唆された.さらにこの構造をもつLon溶液にマグネシウムを添加し,X線小角散乱(SAXS)によって,ab initioモデリングを行なったところ,Lonの形状が活性型と思われる従来型の6量体リングに変化することがわかった.なお,上記のレドックススイッチは,その作用機構上,6量体リング構造をもつLonにおいて機能すると考えられる.これらの結果は,Lonの活性が高次構造の変化を介して,多層的・段階的に制御されることを示している.
1: 当初の計画以上に進展している
本研究は,腸内細菌科細菌Lonプロテアーゼのレドックス制御機構について,(1)X線結晶構造解析により,その構造基盤を明らかにすること,(2)酵素学的・タンパク質科学的性状を解明すること,(3)細胞・個体レベルで生理的な意義を検討すること,を目的としている.現在までの進捗状況として,(1)についてはアポ型Lonの結晶構造を決定した.この構造は細胞内でLonが通常取りうる,不活性型の構造であると考えられる.(2)X線小角散乱,分析超遠心,電子顕微鏡等の手法により,Lonの形状が,マグネシウム,ヌクレオチド等の存在により,不活性型から活性型に移行することを明らかにした.(3)については,各種変異型Lonを発現した大腸菌株を調製し,Lonの細胞機能制御について予備的な観察をした.上記の成果は,当初の計画を充足する一方,当初予想しなかった新規の知見も含んでいる.今後,本研究がさらに発展する可能性が拓けたことから,上記区分とした.
現在までの成果をもとに,以下の項目について,推進する予定である.第一に,前年度までに決定したapo型Lonの結晶構造をもとに,Lonの活性制御メカニズムを解明する.また,Lonが取りうる様々な構造について,それぞれ試料,結晶化の条件を検討して,決定する.第二に,X線小角散乱,分析超遠心,電子顕微鏡等の手法により,Lonの構造変化を詳細に検討する.第三に,生化学的・酵素学的解析と上記の構造解析の結果を総合し,Lonの機能と構造の相関を検討し,Lonの分子メカニズムを解明する.第四に,細胞レベルの実験から,Lonによる細胞機能制御の実際を評価する.第五に,本年度が本計画の最終年度であることから,研究を取りまとめ,学界・社会に公開する.
当初の計画では,タンパク質分子の構造・機能に関する研究と,細胞を用いた機能解析に関する研究の両者を遂行する予定であった.しかし,前者が予想以上に進展したため,後者の研究の一部を次年度遂行することとし,その分の経費についても次年度に繰越した.また,前者の研究に要する経費が.既存の器具試薬の利用で一部削減できたため,次年度に必要と目される追加の器具試薬の経費として繰り越すこととした.
前年度から繰越した,細胞を用いた機能解析に関する研究を実施するための経費とする.また,タンパク質分子の構造・機能に関する研究に関し,新たに必要となったX線小角酸散乱,電子顕微鏡,分析超遠心等の分析に必要な経費として使用する.
すべて 2016
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件)
Proc. Natl Acad. Sci. USA
巻: 113 ページ: 12997-13002
10.1073