研究代表者らはこれまでに、様々なタンパク質・リガンドペアに対して、粗視化分子動力学(MD)シミュレーションを行い、リガンドはタンパク質表面上の特定のパスウェイを経由して基質ポケットに入る傾向があることを明らかにしている。本研究は、この「リガンド結合パスウェイ仮説」を理論的側面から検証することを目的としている。 本研究では、levansucraseとsucroseのタンパク質・リガンドペアを計算対象とした。平成27年度は、粗視化MDシミュレーションの結果明らかとなった結合パスウェイの1つについて、全原子MDシミュレーションを用いて、パスウェイの精密化と自由エネルギープロファイルの計算を行った。その結果、基質結合ポケットの縁に自由エネルギー障壁があることが明らかとなった。平成28年度は、この結果に基づいて6種類の変異体を設計した。野生型を含めて5 μsの粗視化MDシミュレーションを100回から300回繰り返し、結合・解離速度定数を計算した。しかし、いずれの変異も、リガンドの流束には影響を与えるものの、速度定数への影響は小さく、実験で検証可能なレベルの速度定数の変化を示すものは得られなかった。そこで、平成29年度は、「リガンド結合パスウェイ仮説」をより直接的に検証するため、野生型に対する粗視化MDシミュレーションのトラジェクトリ全体を使ってマルコフ状態モデルを構築した。さらに、得られたモデルにtransition path theoryを適用し、遷移状態と結合パスウェイを解析した。この結果、遷移状態は基質結合ポケットの縁に存在し、寄与の大きな結合パスウェイは、タンパク質表面の溝に沿っていることが明らかとなった。同時に、結合パスウェイが多数存在することも明らかとなり、1つのパスウェイに注目してこれを妨害する変異体を設計しても、速度定数に与える影響は限定的であることが示唆された。
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