研究課題/領域番号 |
15K07031
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
馬渕 一誠 東京大学, 総合文化研究科, 名誉教授 (40012520)
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研究期間 (年度) |
2015-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 細胞分裂 / 細胞質分裂 / アクチン繊維 / ミオシン / 細胞運動 / 細胞骨格 |
研究実績の概要 |
アフリカツメガエルの分裂中期で停止中の未受精卵から抽出液を調製し、蛍光ラベルしたG-アクチンを少量加え、任意のリン脂質を含むミネラルオイル中に分散させるとリン脂質膜で囲まれた細胞質小胞が形成される。この小胞のガラス表面付近でのアクチンの動態を蛍光顕微鏡により観察した。結果はリン脂質の種類によって異なることを昨年度明らかにした。これは細胞膜内葉の脂質とアクチン細胞骨格の関係を再現したものと考えられる。X-bodyはアクチン、ミオシン、ミトコンドリア、小胞体、その他の膜系を成分として含み、捻転運動を起こす。この構造の生細胞での意味を明らかにするために、X-bodyの形成過程をアクチンの蛍光をマーカーとして詳しく調べたところ、当初は何もない抽出液の中央に短時間でX-bodyが現れ、小胞の底面に移動し、底面で運動をした後に底面中央に落ち着くことが分かった。これらの分子機構は未知である。またミオシンはX-body形成に必須で、アクチンのようには運動せず、小胞の脂質膜上に固定されてアクチンの運動を助けていると考えられた。さらにC3酵素がX-body形成を阻害したことから、X-body形成とアクチンのX-bodyへの流れに低分子量GTPase Rhoの関与が考えられた。アクチンのX-bodyへの流れはRhoの下流にあるDiaphanouse/forminとArp2/3複合体それぞれの阻害剤によって阻害されたので、脂質膜でRhoからこれらのアクチン重合促進タンパク質へ情報が伝達され、アクチンの重合が起こっていると考えられる。 さらに本実験系の特殊性、一般性を検討するために、同様の実験を分裂酵母の抽出液を用いて行った。今のところ、X-bodyに相当する構造の形成、アクチンの流れなどは観察されていないが、時間とともにアクチンケーブルが形成されることを見出している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでに、アフリカツメガエル卵抽出液を人工脂質膜で囲んだ小胞を作成し、その内部でのアクチンの動態を研究してきた。小胞内部で短時間に私たちがX-bodyと命名した構造が形成され、脂質膜からX-bodyに向けてアクチンの流れが生ずることを見出した。アクチンの流れを起こす脂質膜成分には特異性があり,PS+PIP2が生理的状態を再現していると考えられた。この流れの形成機構として、脂質膜直下でアクチンが重合し、X-bodyにおいて脱重合すること、ミオシンが流れの形成あるいは持続に関与していることが判明した。X-bodyにはミトコンドリアや小胞体といった細胞小器官、アクチン、ミオシンが含まれていた。X-bodyに向けての膜脂質の流れも観察されたため、本実験系は細胞運動にとどまらずに、エンドサイトーシスの研究にも役立つ可能性が示唆された。 X-bodyが形成される様子を詳細に観察した結果、複数のステップを経て形成されることがわかったが、その機構は不明で、今後の解明が待たれる。また、その一つのステップで小胞そのものがアクチンの流れと反対方向にガラス平面状を移動運動することを見い出した。この運動に要する力も計算され、ケラトサイトの運動に要する力と同程度であることがわかった。 また、本実験系の一般性、特殊性を検討するため、分裂酵母の抽出液を小胞に封入する実験も行っている。その結果、X-body形成とアクチンの流れは起こらず、アクチンケーブルの形成が観察されている。従って動物細胞と子嚢菌類では結果が異なるのかもしれないが、さらなる検討が必要である。 このように本研究は予測を越えた結果を含みながら、順調に進行している。
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今後の研究の推進方策 |
本研究において、いくつかの興味深い課題が生じた。一つはPE+PIP2の脂質小胞中で形成される、収縮能を持ったアクチン袋の形成である。この構造は寿命が短いため、これまで追求していないが、細胞の「表層アクチンネットワーク」を反映している構造である可能性が高い。このような構造をin vitroで作った報告はないので、その微細構造、収縮機構にせまる研究をすすめたい。もう一つは、X-body形成機構である。X-body形成のためにはアクチンとミオシンの働きが必須であるが、形成初期にはアクチンの動態が十分には観察されていない。より感度の高い蛍光プローブを考える必要があると思われる。 さらに今後は細胞周期をコントロールできるツメガエル卵抽出液の特質を利用して、in vitroでの間期と細胞質分裂時のアクチン動態をそれぞれ明らかにしたい。特に、細胞質分裂時は細胞内では分裂装置が形成され,この構造から分裂シグナルが出されて細胞赤道部に収縮環が形成される。この収縮環形成を本研究のin vitro系で再現し,収縮環の収縮を誘導することができれば、不明な点が多い収縮環形成のメカニズムの解明に迫ることができるだろう。またこれに成功すれば、分裂できる人工細胞の初めての創出と考えられ,医療への応用の可能性も出てくる。予備実験として、受精卵の抽出液に脱膜精子を加え、紡錘体状構造が形成されることを確認している。 さらにこのカエル卵in vitro 実験系と比較するため、分裂酵母においてその有用性をさらに追求したい。これまで両者の共通点は見られていないが、細胞抽出液の作製法が原因かもしれない。この点は工夫が可能である。分裂酵母は分子遺伝学を用いることができるので、得られた結果を特定のタンパク質の働きに帰結することができるという利点がある。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究ではカエル卵の抽出液をオイル中に封入した細胞質液滴を作成し、その中でのアクチン動態を調べている。液滴中でX-bodyと命名した構造が形成され、液滴膜からX-bodyに向かうアクチンの流れがおこることを発見した。しかしX-bodyの形成過程の各ステップがどのような機構でおこるのかが解明できておらず、来年度も継続して研究したい。また同様な方法で分裂酵母の細胞質液滴中にアクチンケーブルができることがわかった。これに含まれるタンパク質を解明したい。これらの継続研究のため、次年度使用額を繰り越させていただいた。
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