大腸菌べん毛モーターは,菌体から突き出るらせん状繊維を回転させる直径50 nmの超分子運動マシナリーである.モーターの最小機能単位は回転子リングに1個の固定子複合体(MotA/B複合体)が相互作用した状態である.固定子複合体は1~10個の範囲で同時に相互作用することができるが,その数によってモーター出力特性が変化する.また,モーターのエネルギー源は細胞膜を介したプロトン駆動力であり,固定子複合体内のチャネルをプロトンが透過する.本研究では,固定子の数とモーター回転特性の評価をおこなった.まず昨年度までに,光ピンセットによって停止トルクを計測するための補正方法の検討をおこなったが,本年度はその補正方法の最適化と別の回転計測法(ビーズアッセイ)で計測したトルクの値との比較をおこなった.その結果,2つの独立した計測方法によって得られた値の違いは20%以内となった.さらに,MotBのプロトン結合部位に変異を入れて,プロトン透過能を低下させたモーターについて,熱力学的定常状態に近い状況にあたる停止トルクの計測をおこなった.もし,プロトン透過速度だけが問題となるならば,停止トルクは野生型モーターと同等と期待されたが,実際には4割程度低下していた.つまり,この変異はプロトン透過速度だけではなく,固定子複合体の構造などにも影響を与えていると予想された.さらに,ほぼ無負荷時のモーターについて回転速度の計測をおこない,その速度ゆらぎの解析をおこなった.
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