研究課題
昨年度は、ツメガエル胚においてヒストン脱メチル化因子Jmjd3を異所的に強制発現させたときに活性化される遺伝子として、BMPシグナリング阻害因子のnogginファミリーを同定した。nogginファミリーは、脊椎動物ではレンズ原基や嗅上皮原基、内耳原基を含むプラコード領域に広く発現するのに対して、ナメクジウオでは相同組織のハチェック窩等で発現しないことから、Jmjd3の制御を受けてコ・オプションを起こした遺伝子と考えられた。一方、研究代表者はこれまでに、Jmjd3のみを胚の腹部に強制発現させても、そこにプラコード関連組織の形成は起きないのに対し、Jmjd3とレンズ原基で発現する転写因子Pax6とを一緒に発現させると、レンズを含む眼が形成されることを見出している。このことから、Jmjd3の下流で働くコ・オプション遺伝子群の中には、nogginのようにJmjd3のみの作用により発現するものと、Pax6のような組織特異的転写因子とJmjd3の協調作用によって発現するものがあると考えられる。そこで本年度は、Jmjd3の下流で働くコ・オプションネットワークの全体像の理解を目的として、Jmjd3あるいはPax6のみ発現させた場合には活性化せず、両者を共発現させたときにのみ活性化する遺伝子をRNA発現解析により探索した。その結果、ゲノムワイドに遺伝子活性化に作用するクロマチン制御因子群(クロマチン再構成因子Ruvbl1、ヒストンアセチル化因子Kat5等)や、遺伝子抑制に作用するクロマチン制御因子群(ヒストンH3メチル化に関わる共役抑制因子Ctbp1、ヒストン脱アセチル化因子Hdac7等)が、特異的に活性化されることを発見した。この結果は、Jmjd3がこれらクロマチン制御因子群を介して、プラコードや神経堤の形成に必要な多くの遺伝子の発現を制御する可能性を示すものである。
2: おおむね順調に進展している
前述のように、昨年度はnogginファミリー等をコ・オプション遺伝子として同定した。しかしそれらだけで、プラコードや神経堤の獲得という、多くの遺伝子の発現変化を伴う進化が起きると考えるのは難しい。そこで本年度は、昨年度に同定したコ・オプション遺伝子の個別解析を進める代わりに、改めてJmjd3の下流で働く遺伝子群の網羅的な探索を試みた。その際、Jmjd3がヒストンH3の脱メチル化を介してクロマチンを弛緩させ、転写因子の標的遺伝子群への結合を促進することを考慮した。すなわち、プラコード領域でJmjd3と発現の重複する転写因子Pax6に注目し、これらの共発現によって発現の変化する遺伝子群を探索した。その結果、多くのクロマチン制御因子を同定することができた。当初の研究計画において、本年度はJmjd3の制御下で働くコ・オプションネットワークの解明を予定していたが、上記の結果はこの目標を概ね満たすものである。
基本的には当初の研究実施計画に従って進める。予想より多くのコ・オプション遺伝子候補の同定に成功したので、遺伝子ネットワーク内の制御関係の精査に重点を置く。コ・オプション再現実験については、ナメクジウオを用いる実験に集中する。(1)コ・オプション遺伝子ネットワーク制御機構の解析nogginファミリー(nogginやnoggin2)をJmjd3が直接制御するかどうか、ChIP-qPCR法により調べる。またnogginやnoggin2の発現を、Jmjd3破壊胚において調べ、それらがJmjd3に依存するかどうか検討する。Jmjd3遺伝子の破壊は、Crispr-Casシステムを用いておこなう。その他のコ・オプション遺伝子候補(プラコードで発現するdmrta2やfoxi2、pitx1、神経堤で発現するpax3、phox2、tead1、クロマチン制御因子群等)ついても、Jmjd3破壊胚において発現を調べる。(2)ナメクジウオを用いたコ・オプション再現実験ナメクジウオのnogginオーソログを、Fosmidライブラリーより単離する。ナメクジウオの遺伝子は比較的小さいので(ヒトの1/4程度)、Fosmidクローンは十分な長さのシス制御領域をもつと期待できる。目的とするクローンを得たら、GFP遺伝子を組み込み、ネッタイツメガエルにトランスジェニック法により導入する。GFPがプラコード領域で発現した場合は、コ・オプションが再現されたことを示す為、成体まで育てて野生型と交配する。その結果得られたF1世代のトランスジェニック胚において、Jmjd3遺伝子をCrispr-Casシステムを用いて破壊し、GFPの発現がツメガエルの内在Jmjd3に依存するかどうか調べる。依存する場合、その結果はツメガエルのJmjd3の制御下で、ナメクジウオnoggin遺伝子に人為的なコ・オプションが起きたことを示す。
研究実績の概要において述べたように、前年度実験結果の解釈に基づいて、高価な抗体を使用するChIP-qPCR解析やアンチセンスモルフォリノオリゴを用いる実験の代わりに、RNA発現解析を、主に簡便なRNA抽出実験とコンピューター解析によりおこなったので、その差額分の支出が減少した。また年度途中より、クロマチン制御因子群をJmjd3の下流遺伝子群として発見するという予想外の結果を得つつあったので、その実験に集中する為に当初予定していた海外学会での発表を中止した。その為、旅費の支出も減少した。
Jmjd3の制御下で働くコ・オプション遺伝子ネットワークの解析という本年度の目的は、リモデリング因子を始めとする様々なクロマチン制御因子を下流遺伝子群として同定することにより達成された。来年度は、初年度に同定したnogginファミリーを含め、Jmjd3とこれら下流遺伝子群の制御関係をより詳細に解明する為に、ChIP-qPCRやCrispr-Casシステムを用いた遺伝子破壊実験等をおこなう必要がある。また次年度計画に記載したように、ナメクジウオのnoggin遺伝子をツメガエル胚に導入して、プラコード領域で活性化するかと調べるという、コ・オプションの再現実験もおこなう。さらに得られた結果を、次年度の8月に米国ウッズホールで開催される国際学会で発表する予定である。今回生じた次年度使用額と次年度分として請求した助成金は、これらの実験の遂行と学会発表の旅費に用いる。
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