これまでの研究で、分化した分裂後の成体上皮組織において一部の細胞が損傷等によって失われた場合、周辺細胞が細胞分裂ではなく核の多倍体化を伴う細胞肥大によって失われた場を埋め合わせる「補償的細胞肥大」という現象が組織修復能を担っていることを報告した。これまでの実験結果をもとに、この補償的細胞肥大では、局所的な組織容積の減少により残存周辺細胞にかかる物理的伸張が細胞成長に関わる遺伝経路(IIS経路)の活性亢進を促し、これにより核の多倍体化による細胞肥大が起こるという仮説を立てた。このメカノトランスダクションに関わる分子を同定する目的で、ショウジョウバエ卵巣の伸展濾胞上皮細胞をモデルシステムとして、RNAiを用いた機能阻害による遺伝学的スクリーニングを行った結果、神経細胞においてメカノセンサーとしての働きが知られているtransient receptor potential channel (TRPC) の一つが候補遺伝子として同定された。 平成29年度には、このTRPCの機能阻害によって、ショウジョウバエ卵巣の伸展濾胞細胞における細胞内カルシウム濃度が低下すること、そして核の多倍体化が抑えられることを確認するとともに、これらの影響として伸展濾胞細胞の細胞数が増加することを発見した。一方で、このTRPCの機能阻害による伸展濾胞細胞数の増加に細胞分裂が関わっていないことから、伸展濾胞細胞の多倍体化と肥大の抑制によって、伸展濾胞細胞が隣接する領域に存在する柱状濾胞上皮細胞が伸展濾胞細胞側に引っ張られ、分化運命を転換したものと考えられた。また、TRPCによって制御される細胞内カルシウム濃度とIIS経路活性をつなぐ分子の候補として、複数のカルシウム結合タンパクを同定した。 これらの研究成果については国内外の学会で発表を行い、現在国際学術雑誌へ投稿する論文の準備をしている。
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