動物の脳にみられる高度な情報処理能力は、複雑な神経回路が基盤となり、その形成過程は、遺伝的な情報をもとに画一的に形成されると考えられてきた。しかし近年では、外部環境からの刺激入力が、外部環境に適応した脳の形成や再編成に重要な働きをしていることが示唆されている。しかし、その機構の大部分は未解明である。本研究の目的は、感覚刺激による脳形成過程における可塑性の分子機構を明らかにすることである。 プラナリアを複数に切断し、2グループに分けて異なる環境下(通常条件と光遮断)で眼や脳を含む頭部を再生させる実験を行ったところ、クローナルな集団であるにもかかわらず、光遮断されたグループは、正常に走光性行動を回復できなかったのに対して、光刺激があるグループでは、正常に行動を回復できるという異なる行動パターンを示す。この結果は、頭部再生過程において、光刺激が、視覚機能の回復に重要な影響をしていることを示唆している。加えて、脳の視覚中枢の神経細胞で発現し、RNAiによって、光遮断下で再生したプラナリアと同じ表現型を示す遺伝子として、新規神経ペプチド遺伝子の同定に成功している。しかし、どのようにしてこの神経ペプチドが光忌避行動の回復に寄与しているのかは未知であった。 昨年度までに、GABA作動性神経回路が2つの眼の光の入力差を演算し、二値化することで体の反転を誘導していることを突き止めた。 本年度は、GABA作動性神経回路による二値化にはしきい値があり、その値を明らかにするとともに、本研究で同定した神経ペプチドがしきい値を決定していることを解明した。 本課題研究の最終年度にあたり、脳の形成過程で環境刺激を利用して環境適応的に正確な光方向を認識する機構を獲得するメカニズムを明らかにすることが出来た。
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