研究実績の概要 |
生命活動における酵素の局在化は,その高度な生理機能の維持に重要な役割を果たしている.我々は,繊毛虫Tetrahymenaのアルギニンキナーゼ(AK1)が,N末端のミリストイル基を介して繊毛膜に局在していることを明らかにした.一方で,繊毛虫Parameciumでは事情が大きく異なる.後者のAKは,N末のミリストイル化シグナル配列を欠く.しかし代わりに,C末端に疎水性のプレニル基を結合させるシグナル配列を持っていた.つまり,両者は全く異なる方法でAK酵素を繊毛膜に局在させている可能性が高いのである.この研究においては,繊毛虫におけるAK酵素の局在化メカニズムの多様性を明らかにし,その生理機能との関連性を探る.今年度は,AK3の基質阻害のメカニズムを詳細に解析した. AK3は基質アルギニンの濃度が高くなると反応速度が極端に低下する現象,即ち基質阻害を示す.AKが属する酵素群においては,基質阻害を示すものはAK3が初めての報告である.そのメカニズムを解明するために,3種類のモデルをテストし,理論値と実測値の誤差が最も少ないモデルを見出した.誤差は,R2, AICc,及び Sy.xによって評価した.その結果,酵素基質複合体ES(解離定数 0.61 mM)に2個目の基質が結合するプロセスが存在し(SES複合体),その解離定数が0.34 mMとES複合体のものより低いことが基質阻害を引き起こす主因であることが判明した.また,ES複合体のみならず,SES複合体も前者の1/3程度の速度で生成物を生じることが分かった.また,その構造的要因として,S79,S80,V81のアミノ酸が関与していることが明らかになった.基質阻害は,20%程度の酵素で見られる現象であるが,今回の研究のように詳しい速度論的解析が行われた例は極めて少ない.
|