研究課題
新興病原性ウイルスの出現原理は、”off-the-shelf emergence”と”tailor-made emergence”のふたつに大別される(Homles, “The evolution and emergence of RNA viruses”, 2009)。前者は「新宿主への適応性を旧宿主内で予め獲得していたウイルスが種間伝播した」こと、後者は「新宿主への適応性を新宿主への侵入後に変異・獲得した」ことにそれぞれ起因する。分子系統学的解析から、パンデミックを引き起こしたHIV-1は、チンパンジーのウイルスSIVcpzが約100年前にヒトに種間伝播・適応進化することにより誕生したと推定されている(Gao et al, Nature, 1999; Worobey et al, Nature, 2008)。しかしながら、SIVcpzがどのようにしてヒトへの適応進化を遂げ、パンデミックHIV-1へと変貌したのかは明らかではない。本研究では、SIVcpzのヒトへの適応進化メカニズムを再現・解明することを目的として、ヒト化マウスモデル(ヒト造血幹細胞移植マウス)を用いた実験を行った。パンデミックHIV-1にもっとも近縁なSIVcpz MB897株、そうではないSIVcpz 2株(EK505株、MT145株)、パンデミックHIV-1 2株(JRCSF株、AD8株)をそれぞれヒト化マウスに接種し、血漿中ウイルスRNA量をreal-time RT-PCR法で、血中CD4T細胞数をflow/hematocytometry法でそれぞれ経時的に測定した。感染後15週齢のマウスを解剖し、脾臓におけるウイルス感染細胞をflow cytometry法で解析した。また、293T細胞、TZM-bl細胞を用い、各ウイルスがコードするウイルスタンパク質の機能解析を行った。培養細胞を用いたin vitro実験の結果、各SIVcpzの感染性および各ウイルスタンパク質の機能に差異は確認されなかった。一方、ヒト化マウスモデルを用いたin vivo実験の結果、興味深いことに、パンデミックHIV-1に関連のないSIVcpzに比べ、生体内におけるSIVcpz MB897株の増殖性、病原性はパンデミックHIV-1のそれらにきわめて酷似していた。
1: 当初の計画以上に進展している
これまでの研究結果から、SIVcpzは原則的に”off-the-shelf emergence”としてヒトへの適応進化を遂げたこと、すなわち、元来ヒトへの適応性のきわめて高いSIVcpzがヒトに伝播し、パンデミックHIV-1へと変貌したことが示唆された。この結果を以て、本研究の当初の目的である、パンデミックHIV-1の出現原理の一端が解明されたと言える。さらに、他のレンチウイルス、他の宿主におけるウイルスの進化的軍拡競争の分子メカニズムについての研究も展開し、それらについても新たな知見を得、学術論文での発表および学会での発表を多数行った。
ヒト化マウスで増殖しているSIVcpzの配列の詳細を解析することで、ヒトへの適応進化の際に、SIVcpzがさらに有益な変異を獲得した可能性、すなわち”tailor-made emergence”を引き起こした可能性について検討を行う。また、ヒト以外の動物におけるウイルスと宿主の軍拡競争の分子メカニズム解析についても、実験ウイルス学と分子系統学、データベース解析を併行して進める。
すべて 2016 2015
すべて 雑誌論文 (10件) (うち国際共著 10件、 査読あり 10件、 オープンアクセス 8件、 謝辞記載あり 4件) 学会発表 (15件) (うち国際学会 3件、 招待講演 3件)
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