研究課題
これまでの研究により、福井県の三方五湖と南川河口域に生育するスジアオノリは遺伝的に分化していること、分布パターンによって4つのエコタイプ(三方五湖全域に分布するⅠ型、三方五湖高塩濃度域のみに分布するⅡ型、三方五湖高塩濃度域と南川河口域に分布するエコタイプⅢ型、南川河口域のみに分布するエコタイプⅣ型)に分けられることが示された。本研究では、エコタイプ間で生理的分化が生じている可能性を検証するため、培養株を用いて異なる培養条件における成長率と成熟率を比較した。異なる水温(5~30℃)または塩濃度(0~35)で7日間培養したところ、エコタイプ間で至適条件に違いは見られず、塩濃度0ではいずれのエコタイプも成長を停止した。そこで淡水耐性を比較するために、塩濃度0で0~10日間培養した後に塩濃度17.5で5日間培養したところ、エコタイプⅠ型では成長率の低下は小さかったが、他のエコタイプでは淡水暴露4日目以降に成長率が有意に低下した。次に、2日に1回(3、6、9時間)淡水にさらしながら1週間培養したところ、エコタイプⅡ型では成長率の低下は小さかったが、他のエコタイプでは成長率が有意に低下した。さらに、異なる塩濃度(0、1.8、7、17.5、35)で藻体の成熟率を比較したところ、塩濃度7ではエコタイプⅣ型以外はすべて成熟した。塩濃度17.5以上ではいずれのエコタイプも成熟し、塩濃度1.8以下ではいずれも成熟しなかった。以上の結果から、スジアオノリのエコタイプは生理的に分化していることが明らかとなった。また、各エコタイプは生育環境(平均塩濃度、淡水にさらされる時間や頻度)に適応した生理特性をもつことが示唆された。本研究により、海藻の種分化を促す環境要因について新たな知見が得られた。
3: やや遅れている
当初予定していた無性生殖株の生理実験はすべて完了し、妥当な結果が得られた。異なる遺伝子型間の交雑により無性生殖化するかどうかを検証するために、日本各地でサンプリングを行い、様々な遺伝子型の有性生殖株を確立したが、まだ交雑実験の結果は得られていない。また、三方五湖と似た環境である茨城県涸沼と島根県宍道湖でスジアオノリを採集し、遺伝子型や遊走細胞の走光性について解析中である。
・三方五湖に分布するスジアオノリはほとんどがヘテロ接合型の無性生殖個体であったため、特定の遺伝子型間で交雑することにより無性生殖化するという仮説を検証する。具体的には、確立した有性生殖株を用いて交雑実験を行い、得られたF1個体を継代培養し、hsp90遺伝子型を調べることにより減数分裂を行わない(つまり世代交代を行わない)ことをチェックする。・スジアオノリの有性生殖個体は、無性生殖個体と比べると、分布が極めて限定されており、生物量も少ないため、両者の間に生理的な分化が生じている可能性がある。そこで、様々な培養条件においてhsp90遺伝子型が同じ無性生殖個体と有性生殖個体の成長率や成熟率を比較し、生理的分化を検証する。・三方五湖では、静穏で塩濃度の低い環境に生育するスジアオノリは正の走光性を示す遊走細胞を、流れがあり塩濃度変化の激しい環境に生育するスジアオノリは負の走光性を示す遊走細胞を形成する傾向が見られる。他の汽水環境でも同様の傾向が見られるかを検証するために、三方五湖と似た環境である茨城県涸沼と島根県宍道湖でスジアオノリを50個体以上採集し、遊走細胞の走光性を調べるとともに、すべての個体の遺伝子型を特定する。
1年目は、培養している無性生殖株の生理特性解析を優先して行ったため、各地でサンプリングしたスジアオノリ個体の遺伝子型解析が間に合わなかった。遺伝子型解析に必要な試薬や経費の支出が少なかったため、次年度使用額が生じた。
1年目にサンプリングした試料は冷凍保存してあるため、次年度はその試料についてhsp90遺伝子型解析を行うための試薬類を購入する予定である。また、遊走細胞の特性(走光性、遊泳時間、遊泳速度)を解析するための顕微鏡用デジタルカメラを購入する予定である。
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