全国各地に20万カ所以上存在する「ため池」が、人工構造物ではあるものの、実は日本の淡水生物の多様性を維持する上で欠かせない存在であることについては、近年になり理解が深まりつつある。しかし、稲作伝来以降の「水田」や「ため池」の築造といった人為的な土地改変が、氾濫原湿地を元来のハビタットとしていた止水性淡水生物に与えた効果については詳細な解析がないまま現在に至っている。そこで本研究では、日本の水田やため池に普遍的に出現する動物プランクトンを材料とし、水田やため池の築造が、淡水動物プランクトン各種の集団サイズを著しく増加させた可能性を検討することを試みた。まず「水田」や「ため池」の動物プランクトンの代表的なタクサであるオナガミジンコ類を用いて、「水田」や「ため池」に出現する種と、そうではなく山岳湖沼や湿原に出現する種との間で、遺伝構造を比較したところ、「水田」や「ため池」に出現する種は、そうでない種よりも、遺伝構造が顕著ではないことがわかり、遺伝子流動が比較的大きいことが推察された。つまり「水田」や「ため池」に出現する種では、たとえ局所的な絶滅がおこっても、近隣集団からの移入により局所集団が再生しやすいため、結果的に集団サイズが高く保たれる傾向が強いと考えられた。次に湛水直後の「水田」の動物プランクトンの代表的なタクサであるタマミジンコ類の個体群遺伝構造を調べたところ、過去に分断された集団が、現在の「水田」で二次接触していることがわかった。以上の結果から、「水田」や「ため池」の築造といった人為的な土地改変は、氾濫原湿地を元来のハビタットとしていた止水性淡水生物の集団サイズに対して、かなりポジティブな効果を与えていたことが推察された。なお日本に出現するタマミジンコ類の種判別についても、形態情報と遺伝的情報との双方向から整理することができた。
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